「色即是空」とは何を意味するのかー玄侑宗久『現代語訳 般若心経』

仏教

「色即是空」とは何を意味するのかー玄侑宗久『現代語訳 般若心経』

「色即是空」とは何を意味するのかー玄侑宗久『現代語訳 般若心経』

以前、般若心経を感じることが心身のバランスを整えるということについて述べましたが、今回は、玄侑宗久『現代語訳 般若心経』(ちくま新書)を取り上げながら、般若心経における「色即是空」とは何を意味するのかということについて考えてみたいと思います。

 

仏教の経典のなかでも、『般若心経』(はんにゃしんぎょう)は日本人にとって馴染み深いと言えますが、このなかの「色即是空」「空即是色」とは、一体何を意味するのでしょうか?

私自身、般若心経についての解説本はこれまで何冊か読んできましたが、「色即是空」について考えるのに、特に秀逸で納得がいくのは、僧侶で作家でもある玄侑宗久住職の『現代語訳 般若心経』(ちくま新書)です。

 

このように述べるのは、玄侑宗久住職の『現代語訳 般若心経』(ちくま新書)は、哲学や科学の知見も踏まえつつ、理路整然と「般若心経」について解説がなされているからです。

玄侑宗久氏は『現代語訳 般若心経』のなかで「色即是空」について、

「我々が知覚するあらゆる現象は、空性である。つまり固定的実体がない、ということ」

であると述べています。

 

以下、玄侑宗久氏の『現代語訳 般若心経』を参照しながら、「色即是空」について考えてみたいと思います。

 

 「般若」の捉える「全体性」は、無常に変化しつつ無限の関係性の中にあり、それはいつだって絶えざる創造の場である。そこでは、我々の成長に伴って確立されるという自立した「個」も、錯覚であったと自覚される。そして自立した「個」を措定していたことこそが「迷い」や「苦しみ」の元であったと知るのである。

おそらく、世に云うお釈迦さまの「悟り」や「目覚め」の内容とは、主にそういうことではなかったかと、今の私は思っている。

(玄侑宗久『現代語訳 般若心経』 p14)

 

「色即是空」の「色」とは何か?

「色即是空」の「色」とは何か?

まず、「色」とは一般的には物質もしくは「物質的現象」のことを指しますが、仏教的にいえば、「色」とは「五蘊」(ごうん)のことです。

では「五蘊」とは何かといえば、「私たちの身心を構成する五つの集まり、色、受、想、行、識を意味します。」(p28)

 

この「色・受・想・行・識」とは、分かりやすく言えば、身の回りにある様々なものを私たちが認識するまでのプロセスのことです。

たとえば、遠くにぼんやりとした人影のようなものが目に映り、その対象との距離が縮まるにつれて、その人影の正体が、知人の山田さんや田中さんだったと気づく、といったようなことです。

もしくは、足の甲に違和感があり、ふと見たら、蚊に刺された跡があることに気づいた、といったことです。

 

ちなみに、ここでいう五蘊の「色」は、「色(しき)・声(しょう)・香(こう)・味(み)・触(そく)・法(ほう)」という六境のうちの「色」とは違います。

この六境は、「眼(げん)・耳(に)・鼻(び)・舌(ぜつ)・身(しん)・意(い)」という六根に対応しています、

つまり、六境でいう「色」とは、視覚のことを指すのです。

 

「色」をあるがままに捉えるのは難しい。

「色」をあるがままに捉えるのは難しい。

先程、「色即是空」の「色」とは「五蘊」のことだと述べましたが、玄侑宗久氏が本書『現代語訳 般若心経』のなかで述べているとおり、

「「色」というのは、六境と六根が出逢い、感覚器と脳とで把握した現象のこと」

なのです。

 

しかし、物質としての色を、感覚器が情報として受け取ったとしても、神経を通じて脳に伝えられた段階で、経験や記憶などをもとにして編集が加えられてしまいます(「想「行」「識」)。

そのため、たとえば鈴木さんと佐藤さんが目の前にある同じリンゴを眺めていたとしても、現象としてのリンゴの捉え方は、やはりそれぞれ違ってきます。

また、感覚器が人間と違う生物にとっては、人間が捉えているリンゴの姿・形はまったく違うものであるということは、言うまでもありません。

 

すなわち、「感覚器と脳とで把握した現象のこと」である「色」は、「受⇒想⇒行⇒識」というプロセスを経ることで、誰にとっても同じものであるわけではなくなる、ということなのです。

 

 

「色即是空」の「空」とは何か?

「色即是空」の「空」とは何か?

次に、「色即是空」の「空」について考えてみたいと思います。

この「空」について厳密に説明しようとすると、「空」(シューニャ)と「空性」(シューニャター)の違いから始まり、かなり難しくなるのですが、「空」とは、簡単にいえば、「実体がない」ということです。

また、この「空」については、ブッダ(お釈迦さま)がいう「無常」のことだと捉えてみても良いと思います。

 

つまり、この世のありとあらゆるものは、私たちの知らないところで、刻々と変化し続けているのですが、その変化自体は、認識した時点ではすでに過ぎ去っているため、私たちの知覚では捉えきることができないのです。

ちなみに、「空」は固定的実体をもたない、「宇宙の創造原理」や「いのちの全体性」ともいうべきものですので、「空」と名付けられていますが、「空とは~というものである」と言語によって全て説明できるわけではありません。

玄侑宗久氏はこの「空」を説明するのに、「量子力学」を挙げていますが、物理における量子力学の世界観を参照してみると、「空」という様態を理解しやすいのではないかと思います。

 

 量子力学では物質のミクロの様態を、「粒子であり、また波である」とします。測定の仕方でどちらの結果も得られるというわけですが、端的に、それが「色」と「空」なのだと考えても、基本的には間違いでないと思います。

ただ問題なのは、「粒子であり、しかも波である」という事態は、通常の理性には理解が困難だということです。

(玄侑宗久『現代語訳 般若心経』 p76)

 

「空」とは「色」のこと、ではない。

「空」とは「色」のこと、ではない。

ここまで「色」と「空」について説明してきました。

「色」とは「物質的現象」、「空」とは「実体がない」ということですから、「色即是空」とは、玄侑宗久氏が『現代語訳 般若心経』で述べているとおり、

「我々が知覚するあらゆる現象は、空性である。つまり固定的実体がない、ということ」

なのです。

 

ですが、「色」とは「空」であるということは成り立っても、「色」と「空」を=で等しく結ぶことはできません。

なぜなら、「色」と「空」は包摂関係にあるからです(参考 苫米地英人『一生幸福になる 超訳「般若心経」』)。

 

「色」と「空」は包摂関係にある

 

つまり、「色」を包摂しているのは「空」であるため、「色とは空である」は成り立つのですが、「空とは色である」は成立しないのです。

このことは人間と動物を考えた場合に、「人間は動物である」は成り立つのですが、「動物は人間である」は成り立たないのこと同じです。

したがって、「空≠色」であり、空即是色を「空=色」と捉えるのは誤りなのですが、この「空即是色」に対して、玄侑宗久氏は、

「「空」であるが故に「縁起」し、あらゆることが現象してくる、ということ」

であると捉えています。

 

ちなみに「縁起」とは、「無限の関係性のなかの絶えざる変化、という実相の在り方」(p40)です。

つまり「空即是色」をそのまま漢訳通りに捉えてしまうことは間違いだとしても、「空」は「色」として現象してくると解釈すれば、納得がいくのです。

 

「いのち」の響きを感じとりながら般若心経を読経してみる。

「いのち」の響きを感じとりながら般若心経を読経してみる。

以上今回は、玄侑宗久『現代語訳 般若心経』(ちくま新書)を取り上げながら、「色即是空」とは何を意味するのかということについて書いてみました。

『般若心経』の内容や「般若波羅蜜多」という言葉の意味などを詳しく知りたい方はもちろんのこと、この記事を読んでくださり、「色即是空」とはどういうことか、について関心を持たれた方は、玄侑宗久住職の『現代語訳 般若心経』を実際に一読してみるのがオススメです。

 

 「個」の錯覚が元になった自己中心的な世界の眺めは、このもう一つの「知」である「般若」の実現で一変するのである。絶えざる変化と無限の関係性が「縁起」として実感され、あらゆる物質も現象も、「空」という「全体性」に溶け込んだ「個」ならざるものとして感じられる。そのとき人は、「涅槃」と呼ばれる究極の安らぎに到り、また「しあわせ」も感じるのではないだろうか。

(玄侑宗久『現代語訳 般若心経』 p14)

 

ところで『般若心経』は、最後にマントラが配置されているなど、密教の影響が強く、原始仏教におけるブッダ(お釈迦さま)の教えを精確に伝えているとは言い難いのですが、お盆の時期や連休などを利用して、「色即是空」に思いを馳せ、自分の声や言葉、「いのち」の響きをマインドフルに感じとりながら読経してみることは、こころとからだに非常に良い影響を与えると思われます。

 

また、連日猛暑が続く暑い夏に、少しでも頭をクールダウンするために、【般若心経】を唱え続けるのもイライラ対策に良いかもしれません。

 

 『般若心経』、とりわけあの咒文の部分を唱えていて最近私が感じるのは、「再生」あるいは「再出発」の喜びのようなものである。いつからということもなく、とにかくあれを唱えるそのたびに「再出発」する気分になる。むろんそのような言葉で思うのではなく、ふつふつと「いのち」に湧きあがる実感として感じるのだ。

(玄侑宗久『現代語訳 般若心経』 ちくま新書 p218)

 

 自分の声の響きになりきれば、自然に「私」は消えてくれるはずです。繰り返しになりますが、要は全体の記憶やその保持が、最終的には「私」によってなされるのではない、ということです。少なくとも、「陀羅尼」を唱えているときの「私」の殻は、少しずつ薄くなっていくはずです。その薄くなった殻を透かして、私たちは「空」という本当の関係性に気づいてゆくのです。

声の響きと一体になっているのは、「私」というより「からだ」、いや、「いのち」と云ってもいいでしょう。むろんそれは宇宙という全体と繋がっています。

思えば世尊が繰り返し説かれたのも、自分で作った「私」という殻がいかに「苦」を生みだすものであるか、ということではなかったでしょうか。

(玄侑宗久『現代語訳 般若心経』 ちくま新書 p199)

 

 さあ、陀羅尼としての「般若心経」を唱え、「いのち」の響きのうちに少しずつ「私」を霧消させてやすらぎを感じとってください。

むろん初めからやすらぎは無理でも、とにかく「いのち」の響きと「全体」に潜在する意味とに静かに身を委ねるのです。そして「花」も「私」も自立的でも恒久的でもなく、隔てなく融合しながら同じ「いのち」の「縁起」のなかにあることを感じとってください。

これは自分というものが真の意味で変革される最上の方法です。

「全体」との本当の関係性のなかで、自分が再生していく道なのです。

(玄侑宗久『現代語訳 般若心経』 p201)

 

 

 

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