新しい未来の宗教「データ至上主義」とは何か?

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新しい未来の宗教「データ至上主義」とは何か?-『ホモ・デウス』

ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来

今回は、ユヴァル・ノア・ハラリの『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』(柴田裕之訳 河出書房新社)を取り上げ、新しい未来の宗教である「データ至上主義」とは何か、ということについて述べてみたいと思います。

この記事の内容を簡単に要約しますと、以下のようになります。

  • 特定の「宗教」を信じていなくても、「宗教」は社会のなかで機能している。
  • 未来においてはデータを崇拝するデータ至上主義が猛威を振るう。
  • 人工知能と宇宙レベルのデータフロー(情報の流れ)がもたらす新しい「宗教」と距離を置くには、「宗教」の性質について自分の頭で正しく理解・認識することが必要(「宗教」に関してステレオタイプな理解をしないようにする)。

 

以前の記事で、『ホモ・デウス』は心の未来を見据えた書物だということについて述べましたが、『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』を読むと、データを崇拝するデータ至上主義が、未来の新しい宗教になる可能性が高い、ということが分かってきます。

「データ至上主義」は、「神も人間も崇めることはなく、データを崇拝し」、「情報の流れ」を至高の価値として信奉しているといいますが、しかし、この「データ至上主義」について述べる前に、「宗教」というものについて、少し考えてみなくてはなりません。

 

まず、ユヴァル・ノア・ハラリ氏は、『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』(上巻)において、

  • 「私たちは二一世紀にはこれまでのどんな時代にも見られなかったほど強力な虚構と全体主義的な宗教を生み出すだろう」
  • 「虚構と現実、宗教と科学を区別するのはいよいよ難しくなるが、その能力はかつてないほど重要になる」

と述べていますが、「虚構と現実、宗教と科学を区別する」ためには、「宗教」とは何か、ということについて、それぞれが自分の頭で考えなければならないようい思います。

 

 私たちは二一世紀にはこれまでのどんな時代にも見られなかったほど強力な虚構と全体主義的な宗教を生み出すだろう。そうした宗教はバイオテクノロジーとコンピューターアルゴリズムの助けを借り、私たちの生活を絶え間なく支配するだけでなく、私たちの体や脳や心を形作ったり、天国や地獄も備わったバーチャル世界をそっくり創造したりすることもできるようになるだろう。したがって、虚構と現実、宗教と科学を区別するのはいよいよ難しくなるが、その能力はかつてないほど重要になる。

(ユヴァル・ノア・ハラリ『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』上 柴田裕之訳 p219)

 

「宗教」は特定の神様を信じていなくても機能している。

「宗教」は特定の神様を信じていなくても機能している。

特に日本においては、「宗教」というと、特定の神様や教義を信仰しているというイメージをもったり、「宗教」を毛嫌いし、自らを「無宗教」だと思ったりしている方が多いのかもしれませんが、「宗教」というものの性質はそれほど単純ではなく、特定の信仰がなくても、当たり前のように私たちの生活に溶け込んでいるということを、まず認識しなければならないように思います。

 

そして、この「宗教」に関して、『ホモ・デウス』では、たとえば、以下のように説明がなされています。

 

 超自然的な力を信じるのを宗教と同一視するのは、既知のあらゆる自然現象を宗教抜きで理解できることを意味する。宗教はオプションのおまけにすぎないというわけだ。自然界全体を完璧に理解してしまえば、今度は「超自然的」な宗教的教義を加えるかどうかを選べる。ところが、ほとんどの宗教は、その宗教抜きにはこの世界を理解することなど望むべくもないと主張する。その宗教の教義を考慮に入れなければ、病気や旱魃や地震の真の原因はけっして理解できないというのだ。

(ユヴァル・ノア・ハラリ『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』上 柴田裕之訳 p223)

 

 宗教を「神の存在を信じること」と定義するのにも問題がある。敬虔なキリスト教徒は神を信じているから宗教的だが、共産主義には神がないから熱心な共産主義者は宗教的ではない、と私たちは言いがちだ。とはいえ、宗教は神ではなく人間が創り出したもので、神の存在ではなく社会的な機能によって定義される。人間の法や規範や価値観に超人的な正当性を与える網羅的な物語なら、そのどれもが宗教だ。宗教は、人間の社会構造は超人的な法を反映していると主張することで、その社会構造を正当化する。

(同)

 

 自由主義者も、共産主義者も、現代の他の主義の信奉者も、自らのシステムを「宗教」と呼ぶのを嫌う。なぜなら、宗教を迷信や超自然的な力と結びつけて考えているからだ。共産主義者や自由主義者は、あなたは宗教的だと言われたら、根拠のない絵空事をやみくもに信じていると非難されているように思うだろう。だが宗教的というのは、人間が考案したのではないもののそれでも従わなければならない何らかの道徳律の体系を、彼らが信じているということにすぎない。私たちの知るかぎり、あらゆる人間社会がそうした体系を信じている。どの社会もどの成員に、人間を超越した何らかの道徳律に従わなければならないと命じ、その道徳律に背けば大惨事を招くと言い聞かせる。

(ユヴァル・ノア・ハラリ『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』上 柴田裕之訳 p225)

 

ユヴァル・ノア・ハラリ氏は、

  • 「人間の法や規範や価値観に超人的な正当性を与える網羅的な物語なら、そのどれもが宗教だ」
  • 「宗教的というのは、人間が考案したのではないもののそれでも従わなければならない何らかの道徳律の体系を、彼らが信じているということにすぎない」

と述べていますが、このことはすなわち、特定の宗教に対する信仰の有無にかかわらず、「人間が考案したのではないもののそれでも従わなければならない何らかの道徳律の体系」を信じ、そのような道徳律が社会的に機能していれば、宗教的であるということです。

分かりやすくいえば、先程も述べたように、特定の宗教を信じていなくても、宗教の性質が日常生活に溶け込んで、機能しているということなのです。

 

宗教は「科学」の力を導いてきた。

ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来

また、これまでの歴史において、宗教は「科学」の力を導いてきたということについても、『ホモ・デウス』では言及されています。

たとえば、「宗教は科学研究の倫理的正当性を提供し、それと引き換えに、科学の方針と科学的発見の利用に影響を与える。そのため、宗教的信仰を考慮に入れなければ、科学の歴史は理解できない」とありますが、科学研究が進み、新しい発見が生まれたとしても、宗教が倫理的なことも踏まえて舵を取らなければ、科学的発見が社会において利用されるようになるのは難しいということなのです。

 

科学は私たちが普段思っているよりも倫理的な議論にはるかに多く貢献できるとはいえ、少なくとも今のところは科学には越えられない一線がある。何らかの宗教の導きがなければ、大規模な社会的秩序を維持するのは不可能だ。大学や研究所でさえ、宗教的な後ろ盾を必要とする。宗教は科学研究の倫理的正当性を提供し、それと引き換えに、科学の方針と科学的発見の利用に影響を与える。そのため、宗教的信仰を考慮に入れなければ、科学の歴史は理解できない。科学者がこの事実についてじっくり考えることは稀だが、ほかならぬ科学革命が始まったのは、教条主義的で不寛容で宗教的なことにかけては史上有数の社会においてだった。

(ユヴァル・ノア・ハラリ『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』上 柴田裕之訳 p242)

 宗教は何をおいても秩序に関心がある。宗教は社会構造を創り出して維持することを目指す。科学は何をおいても力に関心がある。科学は、病気を治したり、戦争をしたり、食物を生産したりする力を、研究を通して獲得することを目指す。科学者と聖職者は、個人としては真理をおおいに重視するかもしれないが、科学と宗教は集団的な組織としては、真理よりも秩序と力を優先する。したがって、両者は相性が良い。真理の断固とした探究は霊的な旅で、宗教や科学の主流の中にはめったに収まり切らない。

(ユヴァル・ノア・ハラリ『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』上 柴田裕之訳 p243)

 したがって近代と現代の歴史は、科学とある特定の宗教、すなわち人間至上主義との間の取り決めを形にするプロセスとして眺めたほうが、はるかに正確だろう。現代社会は人間至上主義の教義を信じており、その教義に疑問を呈するためにではなく、それを実行に移すために科学を利用する。

(ユヴァル・ノア・ハラリ『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』上 柴田裕之訳 p244)

 

情報の流れを信奉する「データ至上主義」とは何か?

ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来

以上のことを踏まえたうえで、「データ至上主義」について考えてみたいと思います。

「データ至上主義」は、既存の宗教にとって代わる新しい宗教で、「神も人間も崇めることはなく、データを崇拝し」、「情報の流れ」を至高の価値として信奉しているといいますが、まず、ユヴァル・ノア・ハラリ氏の『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』のなかで、「データ至上主義」に関する気になった部分を引用したいと思います。

 

より大胆なテクノ宗教は、人間至上主義の臍の緒をすぱっと切断しようとする。そういうテクノ宗教は、何であれ人間のような存在の欲望や経験を中心に回ったりはしない世界を予見している。あらゆる意味と権威の源泉として、欲望と経験に何が取って代わりうるのか? 二〇一六年の時点では、歴史の待合室でこの任務の採用面接を待っている候補が一つある。その候補とは、情報だ。最も興味深い新興宗教はデータ至上主義で、この宗教は神も人間も崇めることはなく、データを崇拝している。

(ユヴァル・ノア・ハラリ『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』下 柴田裕之訳 p208)

 

 今日、ほとんどの企業と政府は、私の個人性に敬意を表し、私ならではの欲求や願望に合わせた医療と教育と娯楽を提供することを約束する。だが、そうするためには、企業と政府はまず、私を生化学的なサブシステムに分解し、至る所に設置したセンサーでそれらのサブシステムをモニターし、強力なアルゴリズムでその働きぶりを解明する必要がある。この過程で個人というものは、宗教的な幻想以外の何物でもないことが明るみに出るだろう。現実は生化学的アルゴリズムと電子的なアルゴリズムのメッシュとなり、明快な境界も、個人という中枢も持たなくなる。

(ユヴァル・ノア・ハラリ『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』下 柴田裕之訳 p182)

 

 資本主義同様、データ至上主義も中立的な科学理論として始まったが、今では物事の正邪を決めると公言する宗教へと変わりつつある。この新宗教が信奉する至高の価値は「情報の流れ」だ。もし生命が情報の動きで、私たちが生命は善いものだと考えるなら、私たちはこの世界における情報の流れを深め、拡げるべきであるということになる。データ至上主義によると、人間の経験は神聖ではないし、ホモ・サピエンスは、森羅万象の頂点でもなければ、いずれ登場するホモ・デウスの前身でもない。人間は「すべてのモノのインターネット」を創造するためのたんなる道具にすぎない。「すべてのモノのインターネット」はやがては地球という惑星から銀河全体系へ、そして宇宙全体にさえ拡がる。この宇宙データ処理システムは神のようなものになるだろう。至る所に存在し、あらゆるものを制御し、人類はそれと一体化する定めにある。

(ユヴァル・ノア・ハラリ『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』下 柴田裕之訳 p225)

 

 データ至上主義の教義を批判的に考察することは、二一世紀最大の科学的課題であるだけでなく、最も火急の政治的・経済的プロジェクトにもなりそうだ。生命をデータ処理と意思決定として理解してしまうと、何か見落とすことになるのではないか、と生命科学者や社会科学者は自問するべきだ。この世界にはデータに還元できないものがあるのではないだろうか? 意識を持たないアルゴリズムが、既知のデータ処理課題のすべてにおいて、意識を持つ知能をいずれ凌ぐことができるとしよう。その場合、意識を持つ知能を、意識を持たない優れたアルゴリズムに取り替えることによって、失われるものがあるとしたらそれは何だろうか?

(ユヴァル・ノア・ハラリ『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』下 柴田裕之訳 p242)

 

 

どこか遠くの誰かが描き出す未来のヴィジョンは「宗教」と変わらない?

ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来

引用が長くなりましたが、これからやってくるであろう未来において、人工知能(AI)とテクノロジーを信頼し、過去のデータの集積や統計、情報の流れなどに絶対的な価値を置いてしまうことは、知らないうちに特定の宗教を信じ込まされていることと同義になるかもしれません。

冒頭でも引用しましたが、ユヴァル・ノア・ハラリ氏は『ホモ・デウス』の上巻において、

 

 私たちは二一世紀にはこれまでのどんな時代にも見られなかったほど強力な虚構と全体主義的な宗教を生み出すだろう。そうした宗教はバイオテクノロジーとコンピューターアルゴリズムの助けを借り、私たちの生活を絶え間なく支配するだけでなく、私たちの体や脳や心を形作ったり、天国や地獄も備わったバーチャル世界をそっくり創造したりすることもできるようになるだろう。したがって、虚構と現実、宗教と科学を区別するのはいよいよ難しくなるが、その能力はかつてないほど重要になる。

(ユヴァル・ノア・ハラリ『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』上 柴田裕之訳 p219)

 

と述べています。

 

問題なのは、一部の富裕層、巨大企業と政府などが描き出す未来のヴィジョンが、「宗教」ではないフリをしながらも、私たちの「心」をどこかへ導き、何らかのかたちでコントロール(支配・操作)しようとしている点では、実は「宗教」と変わらないという点です。

近い未来に、膨大なデータの集積と優れたアルゴリズムや「すべてのモノのインターネット」の実現が、私たちの幸福を約束すると宣(のたま)ったとしても、そのことは、ある教祖が信者に教義を信じれば幸福になれると約束するようなものなのです。

 

もちろん、人工知能とテクノロジーの進歩を肯定的に捉え、明るい未来を予測し、自分自身の人生を徹底的にAIに委ねてみるのも個人の自由ですが、それはやはり特定の宗教の教義を信じているような一種の信仰ともいうべきものであって、人工知能とテクノロジーの進歩が私たちに幸福をもたらすことは100パーセント約束されていない、ということは、きちんと認識しておく必要があると個人的に思います。

また、もし自分の心を未来の新しい宗教に委ねたくなければ、「シンギュラリティ」といったような、新しい神(「宇宙データ処理システム」)の登場を予見するような言説や、一部の学者や富裕層が作り出した神話と、一定の距離を保つようにすることも大切です。

このあたりのことに関しては、西垣通『AI原論』(講談社選書メチエ)を併読すると、より理解が深まると思います。

 

 AIとバイオテクノロジーの台頭は世界を確実に変容させるだろうが、単一の決定論的な結果が待ち受けているわけではない。本書で概説した筋書きはみな、予言ではなく可能性として捉えるべきだ。こうした可能性のなかに気に入らないものがあるなら、その可能性を実現させないように、ぜひ従来とは違う形で考えて行動してほしい。

(ユヴァル・ノア・ハラリ『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』下 柴田裕之訳 p244)

 とはいえ、新たな形で考えて行動するのは容易ではない。なぜなら私たちの思考や行動はたいてい、今日のイデオロギーや社会制度の制約を受けているからだ。本書では、その制約を緩め、私たちが行動を変え、人類の未来についてはるかに想像力に富んだ考え方ができるようになるために、今日私たちが受けている条件付けの源泉をたどってきた。単一の明確な筋書きを予測して私たちの視野を狭めるのではなく、地平を拡げ、ずっと幅広い、さまざまな選択肢に気づいてもらうことが本書の目的だ。

(同)

 

重要なのは適切な距離で「宗教」と向き合えるようになること。

ホモ・デウス

以上、ここまで、新しい未来の宗教「データ至上主義」とは何か?ということについて述べてきましたが、この記事の内容は、特定の宗教を信じている方を非難するものではありません。何を信じるかは人それぞれ自由ですし、個人の心の領域に関しては、何もかも信じられないよりもむしろ、何か人知を超えたものを何らかのかたちで「信じる」こと(信仰心をもつこと)も時に必要だと、私自身、考えています。

しかしより重要なことは、「宗教」と聞いただけで毛嫌いして思考停止に陥るのではなく、「宗教」というものの性質を偏りなく理解し、「宗教」について学ぶことによって、適切な距離で「宗教」と向き合えるようになることだと思われます。

 

なお、以前に書いた記事、『ホモ・デウス』は心の未来を見据えた書物に関心がある方はこちらからご参照ください。

 

 

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