contents

私たちは「健康になりたい」と思ったとき、健康食品を買う、サプリメントを摂るなど、何かを新しく手に入れようとします。もちろん、それらが役立つ場面はたくさんあります。しかし、健康について考えれば考えるほど、ある大切なことに気づかされます。それは、健康とは「何かを付け加えて完成させるもの」ではなく、本来そこにある生命の全体性が回復していくことなのではないか、ということです。
その視点から健康とウェルビーイングを見つめ直すと、「愛 → 関係性 → 全体性 → 癒し」という、一つの静かな流れが見えてきます。
愛とは「関係性を調和へ導く力」
ここで起点となる「愛」は、単なる感情ではありません。誰かを好きになることや、優しい気持ちになることだけを意味するものでもありません。もっと根源的に捉えるなら愛とは「存在と存在の関係を、調和の方向へ導いていく力」と考えることができます。
自分と他者、自分と自然、身体と心、呼吸と環境、細胞と細胞、そして現在の自分と未来の自分。生命は決して孤立した存在ではなく、無数の関係性のなかで成り立っています。
だからこそ、健康を「自分の身体だけの問題」として捉えると、見えなくなってしまうものがあります。
健康を決めているのは「関係性」
私たちの身体は、外部環境から切り離された閉じた機械ではありません。呼吸によって空気とつながり、食事によって自然とつながり、光を受け取り、微生物とも共生し、人との関係から影響を受けています。心の状態もまた身体に影響し、身体の状態も心に影響します。
先日の記事でお伝えしましたが、健康とは、この複雑な関係性のなかで生命がうまく調和している状態として捉えることができます。
反対に、ストレスが長く続くときには、こうした関係性が乱れていることがあります。自分の感情を無視してしまう。身体からの小さなサインを聞かなくなる。自然との接点が減る。人とのつながりが希薄になる。休むことよりも「もっと頑張ること」を優先する。
その結果、身体と心、生活と自然、自分と他者のあいだに、少しずつ「分離」が生まれていきます。
分離の反対側にある「全体性」
ここで重要になるのが「全体性」です。
他の記事で詳しくお伝えしましが、全体性とは、すべてを完璧にすることではありません。すべての要素が同じになることでもありません。むしろ、異なるものが異なるまま存在しながら、それらが互いに関係し、一つの生命として機能している状態です。
身体にはさまざまな臓器があり、細胞にはそれぞれ異なる役割があります。それでも、それらが関係し合うことで、一つの生命が成り立っています。
自然も同じです。森は一本の木だけでは森になりません。土、水、光、植物、動物、微生物など、多様な存在の関係性によって一つの生態系が形成されています。
つまり、健康に必要なのは「すべてをコントロールすること」ではなく、「関係性を回復すること」なのかもしれません。
全体性が回復すると、生命は本来の力を取り戻しやすくなる

関係性が回復すると、私たちは少しずつ全体性を感じられるようになります。
頭だけで考えていた自分が、身体の感覚にも気づくようになる。自分だけを守ろうとしていた意識が、周囲とのつながりに気づくようになる。未来への不安でいっぱいだった心が、いま目の前にある空気や光、木々の存在を感じられるようになる。
そのとき、生命は「自分ひとりで何とかしなければならない」という緊張から、少しずつ解放されていきます。
ここから「癒し」というものを考えることができます。
癒しとは「本来の全体性へ戻っていくこと」
癒しとは、何か特別なものを外から与えてもらうことだけではありません。もちろん医療や治療、運動、栄養、心理的支援などが重要な役割を果たすことは言うまでもありません。
そのうえで、生命そのものには、環境との関係のなかでバランスを取り戻そうとする自己調整の働きがあります。
私たちは眠れば回復し、傷つけば修復へ向かい、呼吸を整えれば自律神経系にも変化が生じます。生命は常に、完全な静止ではなく、変化しながらバランスを保とうとしています。
だから「全体性による癒し」は、何か新しいものを獲得するというより、「すでに存在しているものに気づくこと」から始まるのではないでしょうか。
自然のなかで、ただゆっくり呼吸する

たとえば、スマートフォンを置き、自然のなかで、ただゆっくりと呼吸してみる。森林浴の最中に木々を眺め、風を感じ、アーシングによって足元の大地を感じる。深く吸おうと頑張る必要さえありません。マインドフルに、ただ、自分が呼吸していることに気づく。
空気が身体に入り、また外へ出ていく。
その単純な営みを感じているだけで、自分と世界が完全に切り離されたものではなかったことを思い出せます。
「全体性による癒し」にお金はいらない
そして、この「全体性による癒し」を得るために、高額な商品を買ったり、多額の費用を支払う必要はありません。つまり大切なのは今・ここにすでに在るという「気づき」であり、そのことにお金はいらないのです。
もちろん、医療や健康のために必要なサービスや商品を否定する話ではありません。そうではなく、生命の根底にあるつながりや、呼吸すること、自然を感じること、身体に気づくこと、誰かとの温かな関係を感じることは、商品として購入しなければ得られないものではない、ということです。
私たちは健康を求めるあまり、「何をすればいいのか」「何を買えばいいのか」「何を足せばいいのか」と考え続けてしまいます。
しかし、ときには反対方向へ進むことも必要です。
情報を減らし、刺激を減らし、力みを減らし、そして静かに気づく。
癒しの入り口にある「気づき」
「私はいま、どんな呼吸をしているのだろう」「身体は何を感じているのだろう」
「自然と私は、どのようにつながっているのだろう」「私は本当に、ひとりで生きているのだろうか」
こうした「気づき」は、何かを新しく作り出すことではありません。すでにそこにある関係性を発見し直すことです。
たとえ孤独を感じていたとしても、気づくことで、私たちは初めて「つながっていたこと」に気づきます。そして、その気づきが、分離していたものを再び一つの文脈のなかへ戻していきます。
愛 → 関係性 → 全体性 → 癒しというプロセス。

愛は関係性を生み、関係性は全体性を立ち上げ、全体性は生命が本来持っている調和と自己調整を働かせやすくする。そして、そのプロセスのなかで私たちは「癒し」を経験していく。
もしかすると、ウェルビーイングとは、人生に何かを大量にプラスした結果ではなく、「すでに与えられているつながり」に気づいていった結果なのかもしれません。
空気は、すでにそこにあります。光も、水も、大地も、自然も、身体も、呼吸もあります。そして私たちは、そのすべてから切り離された存在ではありません。
森のなかに無数の樹があり、樹の中には、森の性質が見出せます。
ベトナムの禅僧であるティク・ナット・ハン師は、このことを「インタービーイング」と呼んでいます。
必要なのは、もっと頑張ることではなく、ときには立ち止まって、その事実に気づくこと。
癒しとは、失われたものを外から取り戻すことだけではない。すでに存在している「全体性」を思い出し、そのなかへ静かに戻っていくことなのかもしれません。
その入り口は、意外なほど小さなものです。
ただ、ゆっくり呼吸する。
そして、自分が世界とつながっていることに気づく。
そこから、愛と関係性と全体性の回復が、静かに始まっていくのです。
この記事の三つのポイント。
-
健康の正体は「足し算」ではなく「関係性の調和」
サプリメントなどを新しく購入して補うのではなく、自分の「身体と心」「自分と他者」「自分と自然」といった、生命を取り巻く無数の関係性を調和させることが健康の本質です。
-
「全体性」を取り戻すことで、生命本来の自己調整力が働く
無理なコントロールや緊張による「分離」を手放し、多様な要素が相互に繋がり合う「全体性」へ戻ることで、身体が本来持っている修復力や自律的な調整(癒し)が自然と引き出されます。
-
始まりは特別な商品ではなく、身近な「気づき」と立ち止まり
癒しのために高価なサービスは必要ありません。スマホを置いて深く息を吐く、風や大地を感じるといった日常の小さな「気づき」によって世界との繋がりを思い出すことが、回復への第一歩となります。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます(^^♪

























