「愛」と「感謝」は、「ありがたい」でつながっていたー「実はすでにあった」という共通性

感謝

「愛」と「感謝」は、「ありがたい」でつながっていたー「実はすでにあった」という共通性を探る

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私たちは、何かが足りないと感じると、「もっと何かを手に入れなければ」と考えます。もっとお金があれば。もっと健康になれば。もっと愛されれば。もっと成功すれば。もっと自信が持てれば――。今の自分には何かが欠けていて、それを外側から付け加えることによって、ようやく満たされる。そんな感覚に追い立てられることがあります。

けれど、本当にそうなのでしょうか。もしかすると、私たちが求めているものの多くは、「新しく手に入れるもの」ではなく、すでに存在しているものに気づいていないだけなのかもしれません。

今回の記事では、「」と「感謝」は、「ありがたい」でつながっており、両方とも普段は気づきにくいけれど「実はすでにあった」ということに、共通性を見出していきたいと思います。

 

「愛」と「感謝」は、どちらも「すでにあるもの」への気づき

私自身が最近気づいたのは、以前の記事で述べてきた「」と「感謝」というこの二つの言葉は、実は深いところでつながっているということです。愛とは、すでにあるつながりに気づくこと。感謝とは、すでにあるものの「有り難さ」に気づくこと。愛も感謝も、何かを新しく生み出すところから始まるのではありません。すでに存在しているものを、もう一度見つめ直すところから始まります。

そして、その二つをつないでいる、とても美しい言葉があります。それが、「ありがたい」です。

「ありがたい」は、「有り難い」

「ありがたい」は、漢字では「有り難い」と書きます。「有ることが難しい」という意味です。

つまり「ありがたい」という言葉には、「今ここに存在していることは、決して当たり前ではない」という感覚が含まれています。朝、目を覚ますこと。呼吸をしていること。身体が今日も動いていること。水を飲めること。食べるものがあること。空を見上げられること。誰かと言葉を交わせること。静かな時間を過ごせること。何気なく笑えること。

普段の生活では、それらを「当たり前」と呼んでしまいます。しかし、少し立ち止まって考えてみると、私たちの一日は、無数の「当たり前ではないもの」に支えられています。このことは、何でも「当たり前」だと思うと、それと同時に「感謝」を忘れてしまうということを意味しているのです。しかしたとえば地震や洪水など、大きな自然災害に遭遇して、これまで当たり前だと思っていたことが当たり前ではなくなると、私たちは普段忘れていた「ありがたい」を意識することになるのです。他にも、足を怪我してしまうと、普段当たり前に歩けていたことが、いかにありがたいか、身をもって知ることになるのです。

一回の呼吸でさえ、「関係性」の中にある

実は一回の呼吸でさえも、自分一人の力だけで当たり前に成立しているわけではありません。空気があり、身体があり、肺があり、心臓が働き、神経系が機能し、身体の内側で無数の生命活動が続いている。その背景には、食べ物があり、水があり、自然があり、社会があり、これまでの長い時間の積み重ねがあります。私たちは、「自分」という一人の存在として生きているように感じます。

しかし実際には、無数の関係性の中で生きています。空気との関係。大地との関係。食べ物との関係。細胞とミトコンドリアとの関係。身体の各器官との関係。他者との関係。社会との関係。自然との関係。そして、自分自身との関係。「私」という存在は、孤立した一点ではありません。無数の関係性が重なり合う中に、一つの生命として存在しているのです。

愛とは、「すでにあるつながり」に気づくこと

だからこそ、愛とは「何かを相手に与えること」だけではなく、すでに存在しているつながりに気づくことなのではないでしょうか。誰かを愛するとき、私たちはその人との間にある関係性を感じています。「あなたがいる」という事実が、自分の世界に意味を与えている。自分もまた、その人の世界の一部になっている。愛は、孤立から関係性へと意識を開いていきます。そして、関係性に気づいたとき、自然に生まれてくるものがあります。それが、感謝です。

感謝とは、「すでにあるもの」を見つけること

「そばにいてくれて、ありがとう」「ここにあってくれて、ありがとう」「今日も身体が動いてくれて、ありがとう」「呼吸できることが、ありがたい」「この世界とつながっていることが、ありがたい」。

感謝とは、何かを無理やりポジティブに解釈することではありません。「感謝しなければ」と自分に言い聞かせることでもありません。むしろ感謝とは、見えていなかったものが見えるようになることなのだと思います。いつもそこにあったものに、初めて気づく。いつも支えてくれていたものに、初めて気づく。当たり前だと思っていたものが、実は決して当たり前ではなかったと気づく。その瞬間、「ありがたい」という感覚が生まれます。

「ないもの」から「あるもの」へ

そして、この「ありがたい」という感覚は、私たちの人生の見え方を変えていきます。「私は何を持っていないのだろう」と考えていた意識が、「私は何をすでに持っているのだろう」に変わるからです。「何が足りないのだろう」から、「何がすでにあるのだろう」へ。「どうすれば自分を変えられるだろう」から、「すでにある自分の何に気づいていないのだろう」へ。この変化は、単なるポジティブ思考とは違います。現実を無視することでも、不足や苦しみを否定することでもありません。むしろ、現実をより広く見ることです。

不足に集中すると、「あるもの」が見えなくなる

私たちは苦しんでいるとき、自分の問題だけに意識が集中します。お金のこと、仕事のこと、人間関係のこと、健康のこと、将来のこと。問題が大きくなるほど、視野が狭くなり、「ないもの」「足りないもの」ばかりが目につくようになります。すると、目の前にあるものが見えなくなります。呼吸がある。身体がある。今日という一日がある。誰かとのつながりがある。自然がある。まだ選択できることがある。そして何より、「気づく」という可能性が残されている。感謝は、この狭くなった視野を静かに開いてくれます。「ないもの」だけを見ていた意識が、「あるもの」へ戻ってくる。そのとき、人は少しずつ安心を取り戻していきます。

癒しとは、「何かを足すこと」ではない

ここに、「癒し」と「全体性」の問題もつながってきます。私たちは、傷ついたり、疲れたり、不安になったりすると、「自分には何かが欠けている」と感じることがあります。もっと強くならなければ。もっと自信を持たなければ。もっと前向きにならなければ。もっと能力を身につけなければ。もっと愛される人間にならなければ。そうやって、自分の外側から何かを足して、自分を完成させようとします。もちろん、学ぶことも、成長することも、環境を変えることも大切です。しかし、ここで一度立ち止まってみたいのです。

「本当に、私は何かが足りないから不完全なのだろうか?」

もしかすると、不完全なのではなく、自分の中にすでに存在しているものとのつながりを見失っているだけなのかもしれません。

私たちは、本当はすでにつながっている。

自分の身体とのつながり。自分の感情とのつながり。自分の呼吸とのつながり。自然とのつながり。他者とのつながり。そして、自分自身へのやさしさとのつながり。それらをもう一度感じ始めたとき、「何かを足さなければ」という焦りが少しずつ弱まっていきます。癒しとは、何か新しいものを自分に付け加えることではなく、もともと存在していたつながりを回復していくことなのかもしれません。そして、その回復の入り口の一つが、「感謝」なのです。

「ありがとう」の背後には、無数の関係性がある

感謝するとき、私たちは「あるもの」に意識を向けます。すると、「あるもの」の背後にある関係性が見えてきます。一杯の水にも、自然との関係がある。一口の食事にも、農業や土地や人との関係がある。一回の呼吸にも、大気と身体との関係がある。一日の生活にも、数え切れない人々との関係がある。そして、自分自身の存在そのものにも、過去から現在へと続く無数の関係があります。こうして見ていくと、「私」という存在の境界線さえ、少し違って見えてきます。

私は一人で生きているのではない。私は、つながりの中で生きている。

そして、つながりの中にいるからこそ、私は「私」として存在できている。この気づきが、の感覚を育てていきます。

愛は、特別なものではない

愛は、何か特別なものではありません。誰かに大きなことをしてあげることだけでもありません。目の前にあるものを丁寧に見ること。相手の存在をそのまま感じること。自分の身体の声に耳を澄ますこと。一回の呼吸を感じること。自然の中に身を置くこと。「ここにある」という事実を、もう一度感じること。そうした小さな気づきの中にも、愛は存在しています。そして、そこから感謝が生まれます。

愛が「つながり」への気づきだとすれば、感謝は、そのつながりが「ある」ことへの気づきです。

「愛」と「感謝」は循環している

だから、「愛」と「感謝」は、とても近い場所にあります。愛があるから感謝できる。感謝することで愛に気づく。愛と感謝は、お互いを育てながら循環していきます。そして、その循環の中心にあるのが、「ありがたい」という感覚です。

「有り難い」。あることが難しい。当たり前ではない。だからこそ、今ここに「ある」ことそのものが尊い。

この視点に立つと、幸福についての考え方も変わってきます。

幸福とは、「ないもの」を埋めることだけではない

幸福とは、何かを際限なく獲得していくことだけではないのかもしれません。もちろん、夢を持つことも、未来を創造することも大切です。しかし、未来へ進むためには、現在に「あるもの」を見失わないことも大切です。未来を求めるあまり、今を否定してしまうと、「今の自分では足りない」という感覚が強くなります。反対に、今ここにあるものを感じながら未来へ向かうなら、未来は「不足を埋めるためのもの」ではなく、すでにある豊かさをさらに展開していくものになります。

「足りないから、手に入れたい」ではなく、「すでにあるから、育てていきたい」

この違いは、とても大きいのです。前者には焦りがあります。後者には、余白があります。前者は欠乏から始まります。後者は、充足への気づきから始まります。そして、余白があるとき、人は本当に望んでいる方向へ、より自然に進むことができます。

感謝は、「世界との関係性」を見直す方法

だから私は、「感謝する」ということを、単なる習慣や精神論としてではなく、世界との関係性を見直すための一つの方法として捉えたいと思います。朝、目を覚ましたとき、「今日も一日が始まった」と気づく。ゆっくり呼吸をしながら、「呼吸がある」と感じる。食事をするとき、「この食事は、たくさんのものとのつながりによってここにある」と思ってみる。誰かと話すとき、「この人と今、つながっている」と感じてみる。夜、眠る前に、「今日もここまで生きてきた」と自分に気づかせてあげる。それだけでもいいのです。

「ありがたい」と思えるとき、全体性が見えてくる

「ありがたい」と思えるとき、全体性が見えてくる

感謝とは、人生を無理やり素晴らしいものに変える魔法ではありません。すでに存在している素晴らしさを、見えるようにするための視点なのです。そして、その視点を持つと、「愛」もまた、少し違って見えてきます。愛は、遠くに探しに行くものではない。感謝も、無理に作り出すものではない。どちらも、すでに存在しているものへの気づきから始まります。

私たちは、何かを失ったときに初めて、その存在の大きさに気づくことがあります。健康を失って、健康の有り難さを知る。誰かと離れて、つながりの大切さを知る。忙しさの中で、静かな時間の尊さを知る。そう考えると、「ありがたい」という言葉には、人生そのものへの深いまなざしが込められているように思います。

「ある」ことに気づくと、世界の見え方が変わる

「ある」ということは、当たり前ではない。

だからこそ、今ここにあるものに気づく。その気づきが、感謝になる。その感謝が、つながりを感じさせる。そのつながりの中に、愛が見えてくる。そして愛に気づくことで、「自分は一人ではなかった」という感覚が戻ってくる。それが、全体性を思い出していくということなのかもしれません。

「ないものを足して、自分を完全にする」のではない。

すでに存在している関係性に気づくことで、もともとの全体性を思い出していく。

この考え方は、人生を大きく変える必要がないことも教えてくれます。

まず、「すでにある」に気づいてみる

今いる場所でいい。今の呼吸でいい。今の身体でいい。今の自分から始めればいい。まず、「ある」ことに気づいてみる。そして、小さく「ありがたい」と感じてみる。その瞬間から、世界との関係性が少し変わり始めるかもしれません。

愛とは、何かを新しく生み出すことではなく、すでにあるつながりに気づくこと。

感謝とは、何かを無理に肯定することではなく、すでにあるものの「有り難さ」に気づくこと。

そして、「ありがたい」とは、「ある」ことの奇跡に気づくこと。

私たちは、何かを手に入れてから愛されるのではありません。何かを成し遂げてから完全になるのでもありません。気づいてみれば、最初から、たくさんのものとのつながりの中にいます。

そのことに気づいたとき、

「私は、すでにここにいる。」
「私は、すでにつながっている。」
「私は、すでにたくさんのものに支えられている。」

そんな静かな感覚が生まれてくる。

そして、その感覚の中から、

「ありがとう」

という言葉が、自然にこぼれてくる。

もしかすると、それこそが、「愛」と「感謝」がひとつにつながった瞬間なのかもしれません。

愛は、足すものではなく、気づくもの。
感謝は、つくるものではなく、見つけるもの。
「ありがたい」は、「すでにある」という人生への気づき。

そして、その気づきの先に、私たちがずっと探していた「全体性」が、静かに姿を現すのかもしれません。

この記事の三つのポイント3つのポイント

  • 愛と感謝の本質は「すでにあるもの」への気づき

    何かを新しく付け加えたり外から手に入れたりするのではなく、今ここにある存在や関係性が「当たり前ではない(=有り難い)」と気づくことから始まります。

  • 「欠乏(ないもの)」から「充足(あるもの)」への視点転換

    「何が足りないか」という焦りから「何がすでにあるか」へ意識を向けることで、狭くなっていた視野が開き、心に静かな安心と余白が生まれます。

  • つながりを回復し「全体性」を思い出す癒やし

    自分を不完全なものとして補うのではなく、呼吸や身体、世界と最初から「すでにつながっている」という事実に気づくことこそが、本来の全体性を取り戻す癒やしとなります。

 

補足|感謝できない自分を責めなくていい。感謝より先に「自分を整える」

「感謝すると幸せになれる」「毎日、感謝できることを探しましょう」。そんな言葉を聞くことがあります。たしかに、すでにあるものに気づき、「ありがたい」と感じられることは、人生の見え方を豊かにしてくれます。しかし、ここで一つ、とても大切なことがあります。それは、ストレスや不安が大きいときには、感謝できなくてもいいということです。

むしろ、強い不安や緊張の中にいる人が、「感謝しなければ」「もっと前向きにならなければ」と自分に言い聞かせることは、ときとして新たな負担になってしまいます。「こんなに恵まれているのに、感謝できない自分はダメだ」「他の人は前向きなのに、自分はネガティブだ」と、自分を責める方向へ進んでしまうからです。

でも、あなたが感謝できないのは、あなたの心が冷たいからでも、人格に問題があるからでもありません。強いストレスや不安を感じているとき、私たちの心身は、まず「安全を確保すること」を優先しやすくなります。

不安が強いとき、心は「感謝」より「安全」を探している

強いストレス状態では、脳のRASや自律神経系を含む心身のシステムが、危険や脅威に注意を向けやすくなります。「何か問題はないか」「この先、大丈夫だろうか」「どうすれば危険を避けられるだろうか」と、意識が警戒へ向かいやすくなるのです。

そんな状態で、「今あるものに感謝しましょう」と言われても、なかなか難しいことがあります。

たとえば、嵐の中にいる人に「美しい景色を楽しみましょう」と言っても、まずは雨風から身を守ることが先でしょう。それと同じように、心身が強い警戒状態にあるときには、感謝より先に、「今の自分は安全だろうか」「少し休めるだろうか」「身体を緩めることができるだろうか」という問いが大切になります。

だから、感謝できない自分を責めなくていいのです。

「感謝できない」ことと、「感謝がない」ことは違う

ここには、とても重要な違いがあります。

今、感謝を感じられないからといって、あなたの中に感謝する力がなくなったわけではありません。ただ、今はそれを感じ取れるほどの余裕がないだけかもしれません。

心身が緊張しているときには、視野が狭くなり、自分の問題や不安に意識が集中しやすくなります。その状態で無理に「ありがたいもの」を探そうとすると、「感謝できない自分」という新しい問題まで作ってしまうことがあります。

ですから、まずはこう考えてみてください。

「今は感謝できなくてもいい。」
「今は、安心することを優先していい。」
「まず自分を整えることから始めよう。」

それだけでも十分です。

感謝より先に、呼吸を整える

では、「整える」とは何でしょうか。

難しいことをする必要はありません。まずは、自分の状態に気づくことです。「今、かなり緊張しているな」「不安が強くなっているな」「少し疲れているな」と、自分の状態を否定せずに認識してみる。

そして、できるなら呼吸を少しゆっくりしてみる。無理に深く吸う必要はありません。自然な呼吸のまま、吐く息を少し長めにしてみる。肩や顎の力に気づいて、少し緩めてみる。温かい飲み物を飲む。静かな場所に移動する。スマートフォンから少し離れる。眠れるなら眠る。誰か信頼できる人に話す。

こうした小さな行動によって、「今すぐ戦わなくてもいい」「少し休んでもいい」という感覚を身体に伝えていくことができます。

大切なのは、感謝を感じることより、まず自分が少し安心できる状態をつくることです。

「整う」と、感謝は自然に戻ってくる

そして興味深いのは、心身が少しずつ整ってくると、感謝を「頑張って探さなくても」自然に感じられることがあるということです。

緊張しているときには見えなかった空が見える。

忙しすぎて気づかなかった風を感じる。

いつも飲んでいる水を、「おいしい」と感じる。

誰かの何気ない言葉に、少し温かさを感じる。

今日も呼吸していることに、ふと気づく。

そこでは、「感謝しなければ」という努力は必要ありません。

ただ、「ああ、ありがたいな」と自然に感じる。

これが、本来の感謝なのだと思います。

だから、感謝は「努力して作り出す感情」というより、安心や余白が戻ってきたときに、自然に見えてくるものとして捉えることもできます。

「自分を整えること」も、自分への愛

そして、ここには本編でお伝えした「愛」というテーマもつながっています。

愛とは、すでにあるつながりに気づくこと。

その中には、自分自身とのつながりも含まれています。

「感謝できない自分はダメだ」と責めるのではなく、「今は苦しいんだね」と自分の状態に気づいてあげる。

「もっと頑張らなければ」と追い立てるのではなく、「少し休もう」と許してあげる。

「前向きにならなければ」と無理をするのではなく、「今は不安なんだ」と認めてあげる。

それもまた、自分との関係性を回復していく大切な行為です。

だから、自分を整えることそのものが、自分への愛なのです。

そして、自分との関係性が少しずつ整ってくると、やがて外の世界との関係性にも余裕が生まれてきます。

感謝は「義務」ではなく、「余白」から生まれる

感謝を習慣にすることは素晴らしいことです。しかし、「感謝しなければ幸せになれない」と考える必要はありません。

感謝できない日があってもいい。不安な日があってもいい。何も前向きに考えられない日があってもいい。泣きたい日があってもいい。

そんな日は、感謝を探さなくてもいいのです。

まず、自分を安全な場所へ戻す。

呼吸を少しゆっくりする。身体を休める。誰かに頼る。自然に触れる。そして眠る。

そして、「今日もここまでよくやってきた」と、セルフコンパッションによって自分に優しく声をかける。

それで十分です。

感謝は、そのあとでいいのです。

むしろ、そうやって自分を大切にした先に、ふと「ありがたい」という感覚が戻ってくることがあります。

感謝より先に、安心。
感謝より先に、自分を整える。
感謝より先に、自分を責めない。

それが、本当の意味で「すでにあるもの」に気づいていくための土台なのではないでしょうか。

そして、いつか少し余裕が戻ってきたとき、あなたの中から自然に「ありがたい」という言葉が生まれてくる。

そのときは、無理に感謝したのではありません。

あなたの心と身体が、少しずつ「あるもの」を見られる状態に戻ってきたのです。

だから、今、感謝できないあなたも大丈夫です。

まずは、あなた自身を整える。

そのことから始めていいのです。

「ありがとう」は、急がなくていい。

まずは、

「今の私を、これ以上責めなくていい」

そこからでいいのです。

自分との関係性が少しやわらいだとき、世界との関係性も少しずつやわらいでいきます。

そして、その先にある「ありがたい」は、頑張って作ったものではなく、すでにそこにあったものに、自然に気づいた瞬間に生まれる感謝なのです。

愛は、すでにここにある―「気づけない心」が見落としているもの

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます(^^♪

当ブログ「ハチミツとミトコンドリア」ではハチミツの栄養効果とミトコンドリアのエネルギーで、令和の時代の真の健康と幸福の実現、現代病の問題の多くを解決する方法について考えています。ここまで記事を読んでくださり、ありがとうございます。


(なお、健康についてはそれぞれ個人差があり、誰にとっても100%正しい情報というのは考えにくいため、当ブログの記事内容については参考程度に止めておいていただければ幸いです)。

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