contents
今回は2017年に白揚社から出版された『ダイエットの科学 「これを食べれば健康になる」のウソを暴く』(ティム・スペクター著)を取り上げながら、これからの「ダイエット」について考えていきたいと思います。
前回の記事では、「ダイエットの成功の鍵は腸内細菌のうちの痩せ菌を増やすこと」であると述べましたが、『ダイエットの科学 「これを食べれば健康になる」のウソを暴く』(ティム・スペクター著 熊谷玲美訳 白揚社)を読むと、ダイエットを成功させるには、カロリー制限や運動だけではなく、腸内細菌に注目することが大切だということが分かってきます。
ダイエットにまつわる神話のなかでもとくに危険なのが、食べ物への反応は誰でも同じだと考えてしまうことだ。私たちは、ある食事をしたとき、あるいは何らかのダイエット法を試したときに、自分たちの体が実験用ラットのように、誰でも同じ反応を見せると考えがちだが、実際にはそんなことはない。私たちの体は誰一人として同じではないのだ。だから、たとえば体重のことを心配する際に、摂取カロリーと消費カロリーのバランスだけにこだわっても何の意味もないし、それどころか混乱の原因にもなりかねない。
(ティム・スペクター『ダイエットの科学 「これを食べれば健康になる」のウソを暴く』 熊谷玲美訳 白揚社 p333)
カロリー摂取量が減っても、私たちの体は進化によるプログラムに従って、その状態に適応するだけのようだ。つまり、制限だらけの単調な食事制限をしても、脂肪を減らすまいという体からの信号がそれを無効にしてしまうらしいのである。それに加えて、しばらく肥満の状態を経験すると生物学的変化がいくつも起こり、食べ物に対する脳の報酬メカニズムや脂肪の蓄積が、維持されたり強化されたりするようになる。ダイエットのほとんどが失敗してしまうのは、こうした理由による。
(同 p16)
ところで、本書『ダイエットの科学』では、
- 微生物
- カロリー
- 総脂質(飽和脂肪酸、不飽和脂肪酸、トランス脂肪酸)
- タンパク質(動物性、非動物性、乳製品由来)
- 糖類・糖質
- 食物繊維
- 人工甘味料
- カフェイン
- アルコール
- ビタミン
- 抗生物質
- ナッツ
など、ダイエットや健康との関わりが深いものについて詳しく考察・言及されています。
しかし、特に食べ物や栄養素に関しては、信頼出来る科学研究のエビデンスを重視しているため、「体に良い」としきりに宣伝される食べ物や栄養素・成分に関しては、慎重な立場を取り、また、一般的に「体に良くない」とされている食べ物や栄養素・成分に対しては、どちらかといえば擁護しているような印象を受けます。
ダイエットの成功の鍵は「腸内細菌」が握っている。
私たちはそれぞれ体質に個人差があるため、たとえ食事の量が同じであっても、食べ物からエネルギーを取り込む量は違ってきます。そのため、テレビや雑誌などで宣伝されている「~を食べるだけで痩せられる」といった、万人に通用する特定の食べ物やサプリメントはどこにも存在しないのかもしれません。
ところが、画一的なダイエット方法に意味はないとしても、私たちの腸内に生息している無数の「腸内細菌」に関しては、ダイエットに対して有効な可能性を秘めているように思われます。
日本でも痩せ菌やデブ菌と名づけられている腸内細菌や、腸内細菌の多様な集まりである「腸内フローラ」が、ダイエットや肥満、健康と実は深く関わっています。
そしてそのことは、テレビや雑誌の特集などで近年よく知られるようになってきていますが、ティム・スペクター氏は、本書『ダイエットの科学』のなかで以下のように述べています。
私がこの本で実現したかったのは、ダイエット法や食べ物にまつわる無数の神話の真実を明らかにすることだった。それによって、もっともらしく売られているダイエット商品や食品の宣伝文句を、読者のみなさんが懐疑的な目で見られるようになったのなら、著者冥利に尽きると言えよう。また私は、ダイエットの神話や根拠のないルールを一掃しようとするにあたって、それらの代わりに新たな制約を持ち出すのではなく、知識をもたらそうと試みた。その代表的なものが腸内細菌だった。
(ティム・スペクター『ダイエットの科学 「これを食べれば健康になる」のウソを暴く』 熊谷玲美訳 白揚社 p349)
腸内細菌の種類の微妙な違いからは、私たちの食習慣と健康状態の関連性についてかなりの部分が理解できるし、食べ物に関する研究結果が個人や集団ごとに異なり、一貫性がない理由も説明できると考えられている。たとえば、低脂肪ダイエットで効果がある人がいる一方で、高脂肪の食事をとっても大丈夫な人もいるし、それで健康に悪影響を受ける人もいる。糖質をたくさん摂取しても太らない人もいれば、同じ量の糖質からより多くのエネルギーを取り込んで、太ってしまう人もいる。赤身肉を食べても問題ない人もいるし、そのせいで心臓疾患になってしまう人がいる。さらには、お年寄りが介護施設に移り、食生活が変わると、あっという間に病気になってしまうことが多い。こうしたことはいずれも、腸内細菌の個人差で説明できるのだ。
(ティム・スペクター『ダイエットの科学 「これを食べれば健康になる」のウソを暴く』 熊谷玲美訳 白揚社 p32~33)
腸内細菌ダイエットを成功させるには?
このように、腸内細菌はダイエットを成功させるために鍵を握っていると考えられるのですが、「~するだけで誰でも絶対に痩せられる腸内細菌ダイエット」といったような、腸内細菌によって確実にダイエットできる方法というのは、まだ確立されていません。
その理由は、腸内細菌の世界は、私たちのからだのメカニズムと同じで複雑であり、その仕組みを完全に理解することがおそらく不可能であるからです。
つまり、研究が進み、痩せ菌が含まれたサプリメントが開発されたとしても、それをただ飲んで腸内に痩せ菌を送り込めばOKというわけにはいかないのです。
しかし、バクテロイデス門の菌など、痩せている人の腸内に多く生息している菌の種類は分かってきているため、食物繊維が多く含まれる野菜や果物などを積極的に摂るような食事を行うなど、日頃の生活習慣を変えることで、ダイエットを成功させることは実現可能であるように思われます。
ちなみにティム・スペクター氏は、『ダイエットの科学』のなかで、腸内細菌の多様性を実現させるためには、ひとつのスーパーフードだけを摂るよりも、野菜などを中心に様々な食べ物を摂るようにすることを勧めていますし、たまに断食を行うことは、マウス実験では腸内細菌の多様性を増すことにつながるとしています。
私たちの腸とそこにすむ細菌は、庭の手入れをするように世話してやることで、きっと豊かになっていくはずだ。肥料、つまりプレバイオティクスや食物繊維をたっぷりと与えよう。そしてその庭には新しい種、つまりプロバイオティクスや未経験の食べ物を定期的にまいてみよう。断食をして、ときどき土を休ませるのもいいだろう。保存料たっぷりの加工食品や殺菌効果のあるマウスウォッシュ、ジャンクフードや砂糖で、自分の腸という庭の反応を試してみるのはかまわない。しかし、それで庭が汚染されてしまうようでは本末転倒である。
(ティム・スペクター『ダイエットの科学 「これを食べれば健康になる」のウソを暴く』 熊谷玲美訳 白揚社 p349)
『ダイエットの科学』はこれまでのダイエット神話を切り崩す一冊。
以上、ここまで『ダイエットの科学 「これを食べれば健康になる」のウソを暴く』について述べてきましたが、本書『ダイエットの科学』は、原題が『ダイエットの神話』(The Diet Myth The Real Science Behind What We Eat)となっている通り、科学者の立場から世の中に拡がる「ダイエットの神話」に深く切り込み、その神話を崩そうとしている好著であることは確かです。
また、本書の著者であるティム・スペクター氏は、訳者の熊谷玲美氏によれば、ロンドン大学キングスカレッジの遺伝疫学教授で、世界最大規模の双子研究を指揮しているといい、邦訳書には『双子の遺伝子――「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける』(ダイヤモンド社)、『99%は遺伝子で分かる!―人生はどこまでプログラム済みか』(大和書房)などがあります。