『なぜ今、仏教なのか』から「自然選択」と「妄想」の関係を考える。

ブッダ/仏教

『なぜ今、仏教なのか』から「自然選択」と「妄想」の関係を考える。

『なぜ今、仏教なのか 瞑想・マインドフルネス・悟りの科学』

もしコロナ禍でつらい思いをしているのであれば、仏教や瞑想に関心をもってみませんか?

今回は、『なぜ今、仏教なのか 瞑想・マインドフルネス・悟りの科学』(ロバート・ライト 著 熊谷 淳子 訳 早川書房)という1冊について、書評と要約をかねつつ述べていきたいと思います。

(この記事は2019年に書いたものを改訂したものです)。

 

本書のタイトルは『なぜ今、仏教なのか 瞑想・マインドフルネス・悟りの科学』(原題『Why Buddhism Is True』)ですが、この本は科学的立場から、現代においてより幸福な人生を実現するために、

仏教(ブッダの思考法や瞑想)がなぜ重要になってくるのか、もしくは

「人間の苦しみに対する仏教の診断が根本的に正しいか」

ということについて述べられている一冊であるといえそうです。

 

著者のロバート・ライト氏は、大学でも教鞭をとっている、進化心理学や宗教などを専門にする科学ジャーナリストです。

そのため、仏教の「自然主義的な部分」だけを取り上げ、出家した立場から仏教の重要性や(瞑想を深めることで「いのち」に触れたというような)神秘的な側面について述べていません。

そういう点では、「宗教」をどこか敬遠してしまい、マインドフルネスやヴィッパサナー瞑想、仏教の考え方に関心が持てない方にとっては、(日本国内のお寺の住職が書いた仏教解説本よりも)手に取りやすいかもしれません。

 

ちなみに『仏教思想のゼロポイント』の著者であり、仏教研究者の魚川祐司氏が解説において、

 

 まとめると本書は、(一)現代人の一人として仏教でない人々とも感覚を共有する著者が自ら瞑想を実践し、(二)仏教の説く「真理」を科学的な知見を裏づけとしつつ語り直して、(三)さらにその実践と哲学を、究極的に単なる「いやしの道具」としてではなく、むしろ「精神的」な探求の道として、私たちに提示しようとする著作である。

(『なぜ今、仏教なのか 瞑想・マインドフルネス・悟りの科学』 ロバート・ライト 著 熊谷 淳子 訳 早川書房 p342)

 

と、本書の要約を簡潔にまとめています。

 

「自然選択」と「妄想」の関係とは?

「自然選択」と「妄想」の関係とは?

『なぜ今、仏教なのか』の著者であるロバート・ライト氏は、進化心理学を専門にしていることもあり、本書は、進化論における「自然選択」の話題について多く述べられているのが特徴だといえます。

 

たとえば、

「自然選択が「気にかけて」いること、それは遺伝子をつぎの世代に伝えることだ。」

「知覚や思考や感覚が現実の本来の姿を見せてくれるかどうかは、厳密にいえば重要ではない。そのため、本来とはちがう姿を見せられることがある。脳はなにより、私たちに妄想を見せるように設計されている」

と述べている点は、冒頭で映画の『マトリックス』の話題が出てくるとおり、私たちの脳は決して世界の本来の姿をそのまま描き出すように出来てはいない、ということについて考えさせられます。

 

 結局のところ自然選択は一つのことしか気にかけていない(ここはかぎかっこをつけて、一つのことしか「気にかけて」いない、とするべきだろう。というのも、自然選択はやみくもに進むプロセスでしかなく、意志を持つ設計者ではないからだ)。自然選択が「気にかけて」いること、それは遺伝子をつぎの世代に伝えることだ。過去に遺伝子の伝播に役立った遺伝形質は繁栄する一方、役に立たなかった遺伝形質は途中で脱落してきた。この試練を生きぬいてきた形質の一つが心的形質、つまり脳内に構築され、私たちの日々の経験を形づくっている構造やアルゴリズムだ。

(『なぜ今、仏教なのか 瞑想・マインドフルネス・悟りの科学』(ロバート・ライト 著 熊谷 淳子 訳 早川書房 p13~14)

 

だから、「毎日生活するうえで私たちを導いているのはどんな知覚や思考や感覚か?」ときかれた場合、根本的な答えは、「現実を正確に見せてくれる知覚や思考や感覚」ではない。「祖先が遺伝子をつぎの世代に伝えるのに役立った知覚や思考や感覚」が正解だ。そのような知覚や思考や感覚が現実の本来の姿を見せてくれるかどうかは、厳密にいえば重要ではない。そのため、本来とはちがう姿を見せられることがある。脳はなにより、私たちに妄想を見せるように設計されている。

(『なぜ今、仏教なのか 瞑想・マインドフルネス・悟りの科学』 ロバート・ライト 著 熊谷 淳子 訳 早川書房 p14)

 

また、著者のロバート・ライト氏は、妄想のレベルの要約として、以下の三つを挙げています。

1.感覚は、「自然な」環境であっても現実を正確に描写するように設計されていない。

2.私たちが「自然な」環境に暮らしていないせいで、感覚は現実への案内役としてさらに信頼できないものになっている。

3.すべての根底にあるのは幸せの妄想だ。

 

そして、

「私たちは自然選択によってつくられ、自然選択の仕事は遺伝子の繁栄を最大限に高まることにつきる。自然選択は、真実それ自体に頓着しないばかりか、私たちの長期的な幸せにも頓着しない。」

とも述べているのです。

 

私たちは自然選択によってつくられ、自然選択の仕事は遺伝子の繁栄を最大限に高まることにつきる。自然選択は、真実それ自体に頓着しないばかりか、私たちの長期的な幸せにも頓着しない。何が長つづきする幸せをもたらし何がもたらさないかについて妄想でまどわすことが祖先の遺伝子を前へ推し進めてきたとすれば、自然選択は私たちにあっさりその妄想を見せる。それどころか、自然選択は私たちの短期的な幸せにさえ頓着しない。

(『なぜ今、仏教なのか 瞑想・マインドフルネス・悟りの科学』 ロバート・ライト 著 熊谷 淳子 訳 早川書房 p58)

 

ドーパミンの放出と幸福の関係とは?

ドーパミンの放出と幸福の関係とは?

「自然選択は、真実それ自体に頓着しないばかりか、私たちの長期的な幸せにも頓着しない。」

「自然選択は私たちにあっさりその妄想を見せる。それどころか、自然選択は私たちの短期的な幸せにさえ頓着しない。」

というのが本当であれば、ドーパミンの放出が快感をもたらすことはあっても、幸福を約束するものではないのかもしれません。

 

また初めて粉砂糖がけドーナツを食べたときの体験を味わうことが、2回目、3回目からは難しくなってくるがゆえに、常にヒトはより新しい刺激と報酬を求めてぐるぐるとさまよっているのかもしれません。

 

 私たちが新しい種類の快楽に出くわしたらーーたとえば、これまでの人生をなぜか粉砂糖がけドーナツなしですごしてきたとして、ためしに食べてみてと一つ手わたされたらーードーナツの味が全身にしみわたったあと、ドーパミンが盛大に放出されるだろう。しかし、その後、常習的な粉砂糖がけドーナツ食らいになってしまうと、ドーパミン放出の最大のピークは、実際にドーナツにかぶりつく前にものほしそうにドーナツを見つめているあいだいに訪れるようになる。ぱくりとかぶりついたあとに放出されるドーパミンの量は、はじめて粉砂糖がけドーナツをかぶりついた至福のときに放出された量よりはるかに少ない。

(『なぜ今、仏教なのか 瞑想・マインドフルネス・悟りの科学』 ロバート・ライト 著 熊谷 淳子 訳 早川書房 p19~20)

 

かぶりつく前に放出されるドーパミンは、それを上まわる幸福が待っていると約束するものであり、かぶりついたあとのドーパミンの急降下は、ある意味で約束違反だ。少なくとも、過大な約束だったことを生化学的に認めているようなものだ。あなたもその約束をうのみにしたーー食べることそれ自体から得られる快楽より大きい快楽を期待したーーという点で、妄想にかられたとはいわないまでも、少なくとも誤認させられたといえる。

残酷だといえなくもないが、自然選択に何を期待できるだろう。自然選択の仕事は遺伝子を拡散する機械をつくることだ。それが機械にある程度の錯覚を組みこむことを意味するなら、錯覚が組みこまれることになる。

(『なぜ今、仏教なのか 瞑想・マインドフルネス・悟りの科学』 ロバート・ライト 著 熊谷 淳子 訳 早川書房 p20)

 

自然選択から仏教、マインドフルネスへ。

自然選択から仏教、マインドフルネスへ。

もし、そこに幸福があると思ってかぶりついたことが、実は「錯覚」による「妄想」だとしたらどうでしょうか?

ヒトはつねに何らかの「妄想」に囚われており、刺激→行動→報酬のサイクルをぐるぐると回っているとしたら、そこから抜け出す術はあるのでしょうか?

 

もちろん人間の生活はそんなに単純ではありませんが、ある意味、欲望を喚起することで成り立っている資本主義においては、どうしても(他者の)欲望が欲望を生み出すサイクルに巻き込まれてしまいます。

お金で魅力的な商品をいくら買ったところで、どうしても満たされない「心」というものも、一方で存在するのです。

すなわち高度に進歩した文明社会や情報社会のなかであっても、「生きる」というのはどういうことか悩み、心の迷いや葛藤が生じるのは当然なのです。

 

そしてそこで処方箋として登場するのが、およそ2500年前に生まれた仏教の考え方であり、悟りを目指さなくても、マインドフルネス瞑想ヴィパッサナー瞑想)の実践は有効になってくると私自身は考えるのです。

 

あなたの脳は変えられる

 

次の記事では、そのあたりのことについて、より詳しく述べてみたいと思いますが、本書は、ほかの記事でご紹介した『あなたの脳は変えられる 「やめられない! 」の神経ループから抜け出す方法』(ジャドソン・ブルワー 著 久賀谷亮 監修・翻訳 岩坂 彰 訳 ダイヤモンド社)と併読してみるのも、マインドフルネス瞑想やブッダの思考法の有用性をより理解するためにオススメです。

 

 まず、マインドフルネス瞑想はいい訓練になる。瞑想クッションにすわって瞑想しながら感覚をマインドフルに眺めることで、実生活でも普段から感覚をマインドフルに眺めるのがうまくなり、判断を誤らせるような感覚や無意味な感覚に支配されにくくなる、信号が青に変わったあと、(許しがたいことに、こちらが重要な約束に遅れまいと必死なことにも気づかず)アクセルを踏むのに、二、三秒かかった運転手にキレることも減る。子供でも配偶者でも、あるいは自分自身でも、あなたが大声をあげてしまいがちな相手にやたらに大声を浴びせることも減る。人から受けた屈辱的な仕打ちに腹を立てることも減る。そんな仕打ちをした相手に仕返しする空想にふけることも減る(とはいえ、そうした空想が楽しくないわけではない)。

(『なぜ今、仏教なのか 瞑想・マインドフルネス・悟りの科学』 ロバート・ライト 著 熊谷 淳子 訳 早川書房 p68)

 

 

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