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私たちは、ときどき「愛が足りない」と愛の不足を感じることがあります。誰かに愛してもらいたい。もっと安心したい。お金に余裕があれば、仕事がうまくいけば、理想のパートナーに出会えれば、もっと幸せになれるのではないか。人生に不満を感じると、そんなふうに、愛や安心や幸福を、自分の外側に探しに行こうとします。
けれども、本当に愛は「どこか遠くにあるもの」なのでしょうか。
私自身が最近気づいたののは、もしかすると、愛は何かを手に入れたときに初めて生まれるものではなく、すでに私たちの周囲に存在していて、ただ、それに気づけなくなっているだけなのかもしれないということです。
なぜ「すでにある愛」に気づけなくなるのか―愛を「外側」に探してしまう私たち
私たちが愛に気づけなくなる大きな理由の一つは、「危機」に意識が集中したり、脅威に注意が向いたりしてしまうことです。たとえば、お金がない。日本は貧困化が進んでいるというが、この先の生活が不安だ。仕事は大丈夫だろうか。健康を損なったらどうしよう。人間関係で嫌われていないだろうか。ニュースを見れば、事件や災害、経済不安、戦争、将来への懸念が次々と目に入ってきます。SNSを開けば、他人の成功や華やかな生活と自分を比較して、承認欲求に苦しむこともあります。
こうした情報にさらされ続けていると、私たちの心身は「安心」よりも「警戒」を優先しやすくなります。これは、弱い心のせいではありません。街中で刃物を持っている人を見かけたら、頭で考えるよりも先にとっさに警戒してしまうように、危険を察知し、自分を守ろうとする生理的な仕組みが働いているからです。
警戒していると「ないもの」が大きく見える
危険を感じているとき、他の記事でお伝えしたRASの働きなどによって、人間の注意は自然と「問題」に向かいます。足りないもの、失うかもしれないもの、まだ起きていない未来の危機。つまり、「すでにあるもの」よりも「ないもの」や「危険かもしれないもの」が大きく見えてくるのです。
すると、目の前にある小さな幸せや、人とのつながり、自然の美しさ、誰かの優しさ、今日も身体が動いていること、温かい食事を食べられることなど、本来なら十分に価値のあるものが、意識の背景へと追いやられてしまいます。
ここに、とても大切なポイントがあります。
それは、「愛がない」のではなく、「愛に気づく余裕がない」のかもしれないということです。
愛に気づくために、まず「自分を整える」
では、どうすれば、その「気づく力」を取り戻せるのでしょうか。
そのための入り口の一つが、「自分を整えること」です。何か大きなことを成し遂げる必要はありません。まずは、ゆっくり呼吸してみる。少しスマートフォンから離れる。温かい飲み物を飲む。森林浴で自然の中を歩く。肩の力を抜く。眠る。自分の身体が今どのような状態なのかに気づいてみる。
こうした小さな行為は、問題を直接解決するものではありません。しかし、問題に対して過剰に反応し続けている心身に、「今この瞬間は、そこまで急がなくてもいい」と伝えるきっかけになります。

「ゆっくり呼吸する」という小さな入口
特に、ゆっくりとした呼吸は、いつでもどこでも実践しやすい方法です。呼吸を少しゆっくりにし、息を吐く時間を長めにする。それだけでも、自分の内側に意識を戻すきっかけになります。
もちろん、ゆっくり呼吸すれば、貧困といった経済的な問題が消えるわけではありませんし、ニュースの内容が変わるわけでも、人生のすべての問題が解決するわけでもありません。
ここで大切なのは、「現実を変える前に、自分の現実の受け取り方を整える」ということです。
警戒状態にあるとき、世界は「危険な場所」として見えやすくなります。一方で、少し安心できる状態になると、同じ世界の中にあった別の側面にも気づけるようになります。
安心すると、世界の中に「つながり」が見えてくる
誰かがかけてくれた言葉。窓から差し込む光。風の心地よさ。親や配偶者が毎日作ってくれる食事の味。家族や友人との何気ない会話。感謝の気持ちが湧いてくる、自分を支えてくれている人の存在。そして、今日まで自分自身を生きてきたという事実。
そこには、「愛」と呼べるものがすでに存在しています。
愛という言葉を、恋愛や特別な感情だけに限定しなければ、その意味はもっと広がります。愛とは、存在と存在のあいだにある「関係性」を、調和の方向へ導いていく力として捉えることもできます。
自分と自分。自分と他者。自分と自然。身体と心。現在と未来。私たちは、仏教で「縁起」と呼ばれる、無数の関係性の中で生きています。その関係性が断たれたり、緊張したり、分離しているように感じられると、孤独や不安が強くなります。反対に、関係性が少し回復すると、「自分は一人で世界と戦っているわけではない」という感覚が戻ってきます。
愛を「探す」より、「気づける状態」になる
だからこそ、愛を「探す」ことよりも、「気づける状態になる」ことが重要なのかもしれません。
愛は、何かを獲得した人だけが持っている特別なものではありません。安心できる場所、支えてくれる人、自然とのつながり、自分自身へのいたわり。そうした関係性の中に、すでに静かに存在しています。
ただ、私たちの注意が「足りないもの」だけに向いていると、それが見えなくなってしまう。
だから、まず整える。
ゆっくり呼吸する。肩や胸、こめかみのあたりなど、身体の緊張に気づく。SNSの情報から少し距離を置く。そして、マインドフルネスの実践によって「今、すでにここにあるもの」に意識を向けてみる。

「探していたものは、最初からここにあった」
すると、何かを必死に引き寄せなくても、何かを無理に手に入れなくても、「ああ、実はすでにここにあったのだ」と気づく瞬間が訪れるかもしれません。
愛とは、遠くにある目的地ではないのかもしれません。
私たちが安心を取り戻し、世界との関係性を感じられるようになったとき、水や空気、食べ物や住まい、最寄りのコンビニエンスストアなど、当たり前のようにずっとそこにあったものが、ようやく見えてくる。
そう考えると、「セルフケア」や「自分を整える」という行為は、単なるストレス対策ではありません。それは、すでに存在している愛やつながりを、もう一度感じ取るための準備でもあるのです。
誰かの愛を探そうとしたり、愛の不在を嘆いたりする前に、まず一度、ゆっくり呼吸してみる。
そして、今ここにあるものを静かに眺めてみる。
もしかすると、探していたものは、気づかないだけで、実は最初から「ここ」にあったのかもしれないのです。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます(^^♪

























