「しゃがむこと」の効用も積極的に見直されるべき。

進化

人新世の人類の腰痛対策とは?-『サピエンス異変』2

サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃

今回は前回と同様、『サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃』(ヴァイバー・クリガン=リード 著 水谷淳、鍛原多惠子 訳 飛鳥新社 2018年)という本を取り上げながら、人新世の人類の腰痛対策について述べていきたいと思います。

前回の記事では、英ケント大学准教授である著者のヴァイバー・クリガン=リード氏の『サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃』を読むと、腰痛に悩まされたくなければ、とにかく歩け、ということが一貫して伝わってきた、と述べました。

このことは具体的には、長時間労働による座りっぱなしや立ちっぱなしの時間が増える代わりに、(狩猟採集時代に比べて)歩く距離が圧倒的に減ったということです。

そして歩かないことによって現生人類が抱えるようになってしまった問題のひとつが「腰痛」だというのです。

 

 腰痛は身体障害の原因として世界的にもっとも重大だ。医療システムが中程度の症状を悪化させて慢性化させているのかどうか、大きく変化した労働環境が身体障害の可能性を高めているのかどうか、いまだに最終的な結論は出ていないが、どちらもおそらくはそのとおりだろう。そしてどちらについても、その真犯人は私たちが作ってきた環境である。座りっぱなしの習慣が世界的に広まったのに合わせて、腰痛も世界的に拡大したというのは、けっして偶然ではない。

(ヴァイバー・クリガン=リード『サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃』 水谷淳、鍛原多惠子 訳 p216)

 

 一九六〇年代から七〇年代、機械自動化の明るい未来に踏み出したオフィスワーカーの身体を、座ってばかりの仕事がむしばみはじめて、いまでも私たちに悪影響を与えつづけている。その一部は間違いなく骨盤前傾と下部脊椎の前彎が原因だが、真犯人は座りつづけていることである。座ること自体ではない。座り方でもない(長時間座りつづけるのに適した正しい姿勢などというものはない)。じっと座りつづけていることこそが、身体全体の健康にもっとも大きな影響を及ぼしているのだ。

(ヴァイバー・クリガン=リード『サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃』 水谷淳、鍛原多惠子 訳 p202~203)

 

運動不足の問題を解決するには仕事の仕方を見直す。

運動不足の問題を解決するには仕事の仕方を見直す。

と、ここまでは前回の記事のおさらいですが、実は私自身も、読書やブログの執筆に没頭して長時間座り続けた後は、歩いている時に身体が歪んでいると感じることは多々あります。

では、長時間労働による運動不足や、同じ姿勢を取り続けることによる身体の歪みの問題を解決するのにはどうすれば良いのでしょうか?

その問いについての答えは、ほんの少しの時間ヨガや筋トレをしただけで運動したつもりになるのではなく、具体的にはこまめに動くようにすること、特に歩くこと(ウォーキング)、そして仕事の仕方を見直すことにあると思われます。

 

まず、ウォーキングについて、ヴァイバー・クリガン=リード氏は以下のように述べています。

 

 人類学者の多くは、腰痛の原因を二足歩行に求める。負荷が構造にかかれば必然的にそうなるというのだ。あきらかに強力な論拠がありそうだが、歩くことが悪いということを示す科学論文は一本もない。歩くことは背中にいいだけでなく、一連の生理的、生物的、心理的、そして環境上の報酬を与えてくれる。それは軟組織と硬組織にとっても奇跡的な治療なのだ。

(ヴァイバー・クリガン=リード『サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃』 水谷淳、鍛原多惠子 訳 p153)

 

 ウォーキングはつねに魔法の特効薬である。何百年も昔に草原で暮らしていた人たちとのつながりを感じ、人間であることのあらゆる側面に効く。脊柱の前湾の負担を減らし、椎間板の健全性を促す。椎間板が分厚くて健全であればあるほど椎間関節は保護されるので、これは重要である。そして何よりも重要な点として、座っていては歩くことはできない。誰でもわかるとおり、長時間じっとしているのはどんな人にとってもよくないことなのだ。

(ヴァイバー・クリガン=リード『サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃』 水谷淳、鍛原多惠子 訳 p215)

 

本書では人新世の人類の健康維持のための様々なアドバイスがなされていますが、上記のような引用文を読むと、本著者が腰痛対策として歩くことの効用を強く推していることが伝わってきます。

しかし、ただ単純に歩く機会や距離を増やせば、人新世の人類の健康問題(特に腰痛)がすみやかに解決されるのではなく、身体を動かす時間を増やす以前に大切なのは、仕事の仕方を徹底的に見直すことだとしている点は、注目に値します。

 

 人新世の人間の身体に見られる特徴は、多くの場合、いわゆる労働倫理というものによって作られてきた。もっと必死に長く働けと耳元でささやき、身体がどうしても欲している活動を、極悪非道な反逆行為、すなわち時間の無駄遣いと断罪するのだ。

(ヴァイバー・クリガン=リード『サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃』 水谷淳、鍛原多惠子 訳 p301)

 

解決策は、ヨガや立ち机、アレクサンダー式療法やストレッチではない。本当に必要なのは、仕事のしかたを徹底的に見直して、生きるために必要な方法に合わせることだ。

(ヴァイバー・クリガン=リード『サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃』 水谷淳、鍛原多惠子 訳 p303)

 

「しゃがむこと」の効用も積極的に見直されるべき。

「しゃがむこと」の効用も積極的に見直されるべき。

ちなみに立ったり歩いたりすることに疲れたら、椅子に座るというのが、私たち現代人にとっては常識ですが、初期人類にとっては「休むこと」は「しゃがむこと」だったという指摘も重要であるように思います。

 

 現代生活では椅子に座ってくつろぐのがふつうだが、ヒト科は二〇〇万年以上にわたって椅子に座ることがなかった(だから、椅子はもっとあとになって出現するのだ)。狩猟採集時代には椅子は存在せず、初期人類の身体に最大の目的は狩猟と摂食だった。食べる行為はたいていしゃがんで行なわれた。深くしゃがんだ姿勢で休息し食事するのが快適だという考えは、座ることを好む何十億人という現代人にとっておかしな話にちがいない。

ヴァイバー・クリガン=リード『サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃』 水谷淳、鍛原多惠子 訳 p51)

 

 深くしゃがむとき、初期人類は骨盤をてこに使っただろう。少しわかりやすく説明すると、大腿部を胴体に対して一〇度ないし一五度(時計の針が一一時一二時を指すときの角度)に保ち、重心をぴったり足の上に持ってこなくてはならない。そうすれば、体重が足の前部とかかとに平均してかかる。

この休息の姿勢だと股関節も広がる(腰痛持ちにはありがたい)が、この姿勢を保つには長い腓腹筋が必要になる。ところが、人新世の人類は靴やハイヒールを履いたり椅子に座ったりしている時間が長いので、腓腹筋が収縮してしまっている。こうなると体重が平均してかかるように足を平らにするのも、重心を正しい位置に保ったままほんの少し前のめりになった休息の姿勢をとるのも難しい。

(ヴァイバー・クリガン=リード『サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃』 水谷淳、鍛原多惠子 訳 p52)

 

そういえば以前の記事で身体のバランスを整えるために「蹲踞(そんきょ)」という姿勢をご紹介したことがありましたが、「休む」ために「しゃがむ」ことは難しくても、一日に何度か(足裏に均等に体重がかかるように)深くしゃがんだ姿勢をとることは、身体の歪みを整えるのに有効であると思われます。

(ただし、普段からしゃがむことやスクワットに慣れていない方は、いきなり深く腰を落とそうとすると、腰を痛める可能性がありますので、まずは無理せず、自分の身体を観察しながら出来る範囲で行うことが大切です)。

 

以上ここまで、『サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃』(ヴァイバー・クリガン=リード 著 水谷淳、鍛原多惠子 訳 飛鳥新社)を取り上げ、人新世の人類の腰痛対策について述べてきました。

この記事の内容は『サピエンス異変』の全貌の一部を紹介したにすぎませんが、日々の生活において、長時間イスに座って作業をこなしていることが多い方は、座りっぱなしのライフスタイルを見直すきっかけにしていただければ嬉しく思います。

そのほか、「足」のことだけではなく、本書の後半部で言及されている類人猿と現生人類の「」の比較も興味深いです。

 

 ポケットに入れて持ち歩いているさまざまなテクノロジーのせいで、私たちは二三〇万年におよぶ人類史のなかでかつてなかったほど座りっぱなしの生活を送っている。スマートフォン、ノートパソコン、デスクトップパソコン、インターネットは、新たな消費の可能性を開いて私たちの行動を変えただけでなく、身体やライフスタイルや寿命をも変えようとしている。これらのテクノロジーが人類という動物種を変えようとしているといっても大げさではない。

人類はすでに進化の次の段階に入っている。これからも身体を手放したくないのであれば、身体をケアしてやらなければならない。身体が何を望んでいるかを理解するだけでなく、身体を本来の形で働かせて、身体に役立つことをするための、新たな方法を見つけなければならない。

(ヴァイバー・クリガン=リード『サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃』 水谷淳、鍛原多惠子 訳 p308)

 

(なお、本書の副題にある「人新世」という言葉は、まだまだ日本では浸透していないのかもしれませんが、鍛原多惠子氏の「訳者解説」によると、「地質学の概念」で、「最終氷期以降、つまり約一万一七〇〇年前から現在までを「完新世」」呼ぶのに対し、「地球は新たな地質年代に突入したと考えられるようになってきている」ことから、二〇〇〇年にノーベル化学賞受賞者のパウル・クルッツェンによって「人新世」という新しい地質年代の名称が発案されたといいます。)

 

 

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