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今回はマーティン・J・ブレイザー氏の『失われてゆく、我々の内なる細菌』(山本太郎 訳 みすず書房)をご紹介していきたいと思います。
ニューヨーク大学トランスレーショナル・メディシン教授・微生物学教授のマーティン・J・ブレイザー氏による『失われてゆく、我々の内なる細菌』は、私たちの体内に生息している微生物や常在菌の多様性や「マイクロバイオーム」がいかに大切であるか、また、抗生物質の乱用や、帝王切開による乳幼児の腸内細菌叢への影響のことなどについても深く考えせてくれる一冊です。
以前の記事で、本書の翻訳を手掛けている山本太郎氏の『抗生物質と人間』を取り上げましたが、著者のマーティン・J・ブレイザー氏が本書『失われてゆく、我々の内なる細菌』で述べようとしていることは、自動車が便利さを私たちの生活にもたらすと同時に交通渋滞や環境汚染を引き起こしたのと同じように、抗生物質にも病気を治すだけではなく病気を引き起こすという、光と闇の側面が両方ある諸刃の剣だということだと思われます。
たとえば、氏は次第に問題が大きくなり、気候変動のように訪れるであろうマイクロバイオームの壊滅的な状況を、「抗生物質の冬」と呼んで警鐘を鳴らしている点については傾聴しなければならないように感じます。
私たちはこれまでのやり方を変えない限り、「抗生物質の冬」に直面するだろう。大きな悪夢である。私たちが隔離によって守られることはもはやない。私たち は今、ひとつの大きな村に、何十億人もの人と一緒に暮らしている。そのうちの無数の人々が、壊れた防御機構とともに暮らしている。疫病がやってくれば、それは速く、そして密に広がる可能性がある。川が氾濫し自然の堤防を越えても、避難場所もないような事態だ。こうした危機は、私たちの放蕩な抗生物質使用が増大させてきた。そのことはいずれ振り返ってみれば了解されるだろう。糖尿病や肥満といった問題も心配だが、私が警告を鳴らす最大の理由は、この抗生物質 の冬への恐怖なのである 。
(『失われてゆく、我々の内なる細菌』p220~221) 。
「抗生物質」の乱用が多くの現代病の疾病リスクを高めている?
また、著者のマーティン・J・ブレイザー氏は、ある時期を境にこれらの現代病や原因不明の難病が急激に増えてしまった要因のひとつとして、主に医療の現場における「抗生物質」の乱用を挙げています。そしてこの事実が私たちの体内に生息している微生物の種類や数を減らしてしまい、多くの現代病の疾病リスクを高めているのだとしています。
さらに畜産業において家畜に対して農家が成長促進のために必要以上に抗生物質を使用することは、食品を通して私たちの体に良からぬ影響を与えると述べています。
家畜から果実まですべてを集中的に生産するシステムを持っている近代農業は、抗生物質耐性菌と同時に抗生物質そのものを直接ヒトに持ち込む。その結果起こりうるであろうことについても、本書で触れていく。しかし私の研究に関して言えば、最も重要なのは成長促進効果である。若年時に摂取した抗生物質が家畜を太らせ、その成長過程に変化を起こすならば、私たちの子どもに抗生物質を与えるときにも同じことが起きるのではないだろうか。病気の治療に抗生物質を用いるときでさえ、意図的ではないにしろ、そうした状況を招来している可能性があるのである。
(『失われてゆく、我々の内なる細菌』p95~96)
それに加えて、胃がんや胃潰瘍の原因であるとされる「ピロリ菌」が完全に悪者扱いされ、抗生物質によって次第にヒトの体から姿を消してしまうことで、反対にアレルギーや胸やけ、胃食道逆流症がひき起こされるリスクが高まるのではないかということについても推察しています。
「抗生物質の冬」が到来するのを回避するために大切なこととは何か?
しかしマーティン・J・ブレイザー氏による『 失われてゆく、我々の内なる細菌』の内容は、短絡的に抗生物質の使用を「悪」だと見なして批判し、糾弾しようとするものではありません。
最初から最後まで通読してみると分かることですが、「抗生物質」はヒトの「マイクロバイオーム」に対して、微生物や常在菌の数や種類を減らすといった悪影響 を与えているという見識を示しながらも、抗生物質が様々な感染症の治療に役立ち、多くの生命を救ってきたという事実から目を背けているわけではないのです。
マーティン・J・ブレイザー氏は『 失われてゆく、我々の内なる細菌』 の「エピローグ」において以下のように述べています。
本書が取り上げた諸問題は地球温暖化ほど深刻ではないし、短期間に起こったものである。抗生物質や帝王切開を禁止することを望んでいるわけではない。私は単にそれらをもっと賢明に使うべきであると考えているだけである。副作用に対処すべき方法を考慮すべきだと言っているのである。過去を振り返ってみるときには、真実は常に明らかだ。太陽が地球の周りをまわるとか、地球が平らであるなどと、人々はどうして考えることができたのだろう。すでに確立された定説と いうものは力強く、圧倒的な力を持って私たちに迫ってくる。
抗生物質には利益とともに生物学的対価がかかる、という問題 が提起された以上、地平線は移り始めた。答えはこうだ。抗生物質は、人間に被害をもたらさない細菌にも影響を与える。現在二分の一から三分の一の出産がそ うである帝王切開もそうだ。自然な細菌叢を変化させることは、複雑な結果を生みだすに違いない。
こうした因果関係から逃れることはできない。ヒトとともに古代からある細菌には、そこに存在する理由があり、ヒトの進化にもかかわってきた。それらを変えることは何であれ、潜在 的対価をもたらすことになる。私たちは今それらを大幅に変えている。払うべき対価がそこにはある。それを、私たちは今認識し始めたばかりである。
(『失われてゆく、我々の内なる細菌』p244~245)
腸内細菌をはじめとした常在菌の多様性がどのように私たちの健康に関わっているかということや、微生物や腸内細菌によって私たちは生かされているということについて考えを巡らせることも、これからの社会において大切なのではないでしょうか。
また、本書 『 失われてゆく、我々の内なる細菌』 を読んで考えさせられることは、その「抗生物質の冬」が到来するのを回避するために、これからの未来に対して私たちがどのような行動を今から選択していくか、ということの重要性だと思われます。
なお、私なりに考えた腸内フローラの改善方法について関心があるはこちらのページをご参照ください。