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毎日の瞑想実践で、心を本来の静かな状態に整え、自己肯定感を育てていく練習を始めてみませんか?
瞑想に慣れ親しんでいない場合、「瞑想」というと、どうしても「宗教」や「スピリチュアル」といった言葉を思い浮かべてしまう方も多いかもしれません。そのため、この記事では、「悟り」や「サマディ」、「アセンション(次元上昇)」などを目的にしない、初心者でも日常生活に活かせるヨガの瞑想法について述べていこうと思います。
私自身、瞑想、特にマインドフルネス瞑想法に関心を持ち、何年ものあいだ実践を続けることで、様々な恩恵を受けることが出来ました。具体的には、
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集中力のアップ
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観察力のアップ
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自己受容感・自己肯定感の向上
などです。これらはどれも、現代社会を楽しく生き抜くために必要なものなのです。
瞑想は心を本来の静かな状態に整えていく練習。

それではそもそも「瞑想」とは何でしょうか?
「瞑想」の定義は、時代や文脈によって多岐にわたるとされていますが、たとえば科学者であり瞑想指導者であるジョン・カバットジン博士は、『マインドフルネスストレス低減法』(春木豊 訳)のなかで、
「瞑想とは、瞬間、瞬間の体験に注意を向けるためだけに行うものなのです。そして瞑想によって、自分の人生を見つめ、瞬間の中で生きるという新しい生き方ができるようになっていくのです」
と述べています。
また、日本ヨーガ瞑想協会会長である綿本彰氏は、『一瞬で自己肯定を上げる瞑想法』のなかで、
「瞑想とは、今この瞬間を感じ取った上で、受け取ったその感覚をただ肯定すること、ありのままを観ていることなのです」
とし、また、
「心が来るものを拒まず、去るもの追わず、すべての感覚に白旗を上げ、ただ無防備に受け取っている状態が瞑想なのです」
と説明しています。
このように瞑想とは、今という瞬間や今の自分をあるがままに受け容れることであると言えるのです。
また瞑想は単なる「リラックス法」と思われがちですが、マインドフルネスやヨガにおける瞑想は、乱れた心を無理に抑え込むのではなく、「心を本来の静かな状態に整えていく練習」であると捉えてみるといいかもしれません。
そしてこのことは、「自己肯定感」を育てることにもつながります。
ここでいう「自己肯定感」とは、自信や「自分ならできると思える力」である「自己効力感」とは違い、学歴や職歴、年収、容貌、社会的地位などとは関係なしにあるがままの自分を認め、無条件に受け容れることです。

このことに関して、先述の『一瞬で自己肯定を上げる瞑想法』のなかで綿本彰氏は、「自己肯定の第一歩は、今抱いている自分の「気持ち」に気づき、それを肯定することにあります」とし、
クヨクヨしたり、イライラしたり、何かにおびえたり、寂しくなったり。過ぎたことや未来のことが頭から離れなくて、つらくて前に進めない状態……。
そこから抜け出すには、まずそんな自分を責めないことが何よりも大切です。無理に気持ちを切り替えようとせず、無理に前に進もうとしないことが自己肯定感の第一歩なのです。
と述べています。
また、綿本氏が、
自己肯定感を持てないでいると、自分の弱い部分や醜い部分を誰かに見透かされるのではと未来におびえ、なけなしの自尊心を傷つけられた過去にいつまでも傷つき、それが怒りへと変貌して「ありのまま」から程遠い状態に陥ります。
逆に自己肯定感が持てると、自分の弱い部分も醜い部分も認めることができて、それを含めて自分なんだという感覚が育まれ、日々を穏やかに過ごしやすくなります。自分の弱い部分を隠そうとせず、それを見透かされることにおびえる必要もなく、たとえ指摘されても傷跡は小さく、癒しやすくなるのです。
傷つきにくくなり、だから誰かを恨みにくくなり、他者肯定への芽も育みやすくなります。ありのままの自分を肯定することができれば、ありのままの他者を肯定しやすくなり、ひいてはありのままのすべてを肯定しやすくなるのです。
と述べていることは傾聴に値します。
たとえ不安や恐怖、怒り、劣等感などのマイナス感情に苛まれたとしても、瞑想によって自分をジャッジすることなく、あるがままの自分を受け容れるようにする。そのことが結果的に自己肯定感、さらには他者肯定感を育むことにつながるのです。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます(^^♪


























