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現代社会を楽しく生き抜くために必要な集中力や観察力を鍛えるために、「瞑想」を始めてみませんか?
瞑想に集中するためには、いまの呼吸を観察することが重要であるということについて、他の記事で述べましたが、とはいっても瞑想中に雑念がひっきりなしに浮かんできて、なかなか呼吸観察に集中出来ないという方は多くいらっしゃると思います。
私自身も、瞑想中、気づいたら雑念にとらわれていることはよくあります。
しかし瞑想中に様々な考えが浮かんできたり、頭の中のおしゃべりが止まらなかったりするのは、脳が正常に機能している証拠ですので、決して自分を責める必要はありません。
瞑想で大切なのは、雑念をむやみに「消そう」「無くそう」とすることではなく、浮かんできた雑念をどう扱うか、つまり、その取り扱い方(トリセツ)なのです。
具体的には、まず、雑念が浮かんだことに気づいたら、心の中でその思考に短い名前(ラベル)をつけます。
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「あ、今は仕事のことを考えているな」→ 「思考、思考」
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「なんだか足が少し痺れてきたな」→ 「感覚、感覚」
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「明日のプレゼン失敗したらどうしよう」→ 「妄想、妄想」
このようにラベリングするだけで、主観的な渦の中から抜け出し、一歩引いた「観察者」の視点に戻ることができます(メタ認知)。
とはいっても、瞑想を始めたばかりの頃は、とりとめのない考えにとらわれてしまい、嵐に巻き込まれているみたいに「いま雑念が浮かんでいる」そのこと自体に気づけないことも多々あります。
そういう時は、たとえ頭の中に様々な考えが浮かんできたとしても、嵐もいつかは止むみたいに、しばらくすれば途切れるタイミングがやって来ますので、その時に、「あ、雑念が浮かんでいた」と気づくようにするのです。
そして、いまの呼吸の観察に戻るようにします。
もちろん瞑想を始めたばかりの頃は、「雑念が浮かんでいること」に気づくのは難しいと感じられるかもしれませんが、毎日、心の訓練だと思ってあきらめずに継続していくと、少しずつ、雑念が浮かんでいる自分自身を、距離を置いて観察できるようになってきます。

また、雑念が浮かぶこと自体は悪いことではなく、たとえばヨーガ行者の成瀬雅春氏は、雑念を無駄なものではない有効な「想念」として捉えることを提案しています。
瞑想を始めようとするときに、最初に目を閉じて坐ると、何かしらの想念が湧き起こってきます。それは誰にでもあることです。その想念が「雑念」だという解釈をすると、何とか排除しようとしますが、排除できずにむしろ雑念の嵐が吹き荒れてしまいます。そうすると、瞑想はうまくいきません。
そうではなく、湧いてくる想念はそのままにしておくべきです。いつどこで瞑想をするにしても、必ず想念は湧いてくるので、それを排除しようとしてはいけません。「雑念」という言葉は、自分にとって無駄な想念だという気持ちがあるからでてくるのです。もし湧いてくる想念が無駄なものではなく、自分にとって有効なものだと考えれば、それはもう雑念ではなく、必要な想念ということになります。どうしても湧いてくるのだから、無駄だと考えるよりは、有効なものだと考えた方がはるかにいいのです。
成瀬雅春『都市と瞑想』 75頁
さらに成瀬氏は、「湧き起こる想念を観察する」ことが瞑想の練習になるとしつつも、「非常に単純ですが、実際にやってみると、そう簡単ではない」とし、以下のように述べていることは瞑想を続けていくうえで大変参考になります。
想念を観察するというのは「いま自分は何を想っているのか」ということです。うまく観察ができたとしても、すぐに違う想念と入れ替わってしまうでしょう。そうしたらそのつど「いま自分は何を想っているのか」とかという具合に観察するのです。湧き起こってくる想念と、観察する自分の追いかけっこのようになるでしょうが、粘り強く観察し続けてください。そうして、常に自分が想っていることをしっかりと観察できれば、この「想念の観察」は成功です。
成瀬雅春『都市と瞑想』 77頁
瞑想はメタ認知能力を鍛えるためのトレーニングになる。

この記事でお伝えしたかったことは、頭に浮かんでくることを、「雑念」をいけないものとして排除しようとせず、「想念」として観察の対象にしてみるのも有効だということです。
より具体的に言うならば、浮かんでくる想念を無理に抑え込もうとせずあるがままにさせておき、その想念と距離置いて観察するようにするということです。
かくいう私自身、昔からネガティブな思考が勝手に頭に浮かんでくることはよくあり、そのことに悩まされ続けてきたのですが、成瀬氏のアドバイスをもとに瞑想を心の訓練として続けていたら、「ネガティブな思考が浮かんできたな」と、以前よりも一歩距離を置いた状態で、思考を観察出来るようになっていきました。
実際にやってみると最初は難しいと感じられるかもしれませんが、この一歩距離を置いて観察(俯瞰)出来るようになるということが、いわゆる「メタ認知能力」であり、瞑想はこのメタ認知能力を鍛えるためのトレーニングになるのです。
なお、この自分の呼吸や想念を観察することは、座って瞑想をしている時だけではなく、歩いている時や仕事の最中など、日常生活の様々な場で実践出来ます。

日常での「メタ認知」の練習
瞑想中の感覚を、日常生活でも以下のように応用してみると、より能力が定着しやすくなります。
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感情のラベリング
イラッとした瞬間に「あ、今『怒り』の波が来た」と心の中で実況する。 -
身体の声を聴く
忙しい時に「今、肩に力が入って呼吸が浅くなっているな」と、一瞬だけ自分の体をスキャンする。 -
「思考」と「自分」を切り離す
「私はダメだ」ではなく「私は今、『自分はダメだ』という思考を持っている」と言い換えてみる。
今回は瞑想中の雑念のトリセツは「想念として観察する」がオススメであるということについて述べました。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます(^^♪


























