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この記事では、『サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃』(ヴァイバー・クリガン=リード 著 水谷淳、鍛原多惠子 訳 飛鳥新社 2018年)という本について、書評・感想も兼ねながら述べていきたいと思います。
今回ご紹介する『サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃』は、「英フィナンシャル・タイムズ紙「2018年ベストブック」選出」、「ガーディアン紙、ネイチャー誌ほか各メディア絶賛の、最新ベストセラー人類史」であり、原題が「Primate Change:How the world we made is remaking us」となっています。
ちなみに『サピエンス異変』という邦題から、大ベストセラーとなったユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』や『ホモ・デウス』を連想させるような刺激的な読書体験を期待してしまうかもしれませんが、本書を通読してみると、旧石器時代から現代にいたるまでの人類の歴史を壮大なスケールで描いたものではない、という感想を個人的に持ちました。
(なお、副題にある「人新世」という言葉は、まだまだ日本では浸透していないのかもしれませんが、鍛原多惠子氏の「訳者解説」によると、「地質学の概念」で、「最終氷期以降、つまり約一万一七〇〇年前から現在までを「完新世」」呼ぶのに対し、「地球は新たな地質年代に突入したと考えられるようになってきている」ことから、二〇〇〇年にノーベル化学賞受賞者のパウル・クルッツェンによって「人新世」という新しい地質年代の名称が発案されたといいます。)
では、英ケント大学准教授である著者のヴァイバー・クリガン=リード氏の『サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃』では一体何が語られているのでしょうか?
本書を読んで一貫して伝わってきたのは、腰痛に悩まされたくなければ、とにかく歩け、ということです。
健康のことに関していえば、およそ紀元前2万~1万年前くらいの間に人類は狩猟採集生活をやめ、やがて定住と農耕に移行していくと同時に、小麦などの炭水化物の摂取量が異常に増え、そのことが人類が肥満や糖尿病に悩む原因になったという話はよく耳にします。
本書にも狩猟採集時代の初期ヒト族に比べると、現生人類の糖の摂取量が圧倒的に増えたことが指摘されていますが、旧石器から現代に至る間の食事の変化のことよりも、より問題視されているのは、足で始まり移動で進化した初期人類に比べて、現代人は座りっぱなしの時間が増え、代わりに歩く距離が圧倒的に減ったことだと思われます。
そして歩かないことによって現生人類が抱えるようになってしまった問題のひとつが「腰痛」だというのです。
腰痛は身体障害の原因として世界的にもっとも重大だ。医療システムが中程度の症状を悪化させて慢性化させているのかどうか、大きく変化した労働環境が身体障害の可能性を高めているのかどうか、いまだに最終的な結論は出ていないが、どちらもおそらくはそのとおりだろう。そしてどちらについても、その真犯人は私たちが作ってきた環境である。座りっぱなしの習慣が世界的に広まったのに合わせて、腰痛も世界的に拡大したというのは、けっして偶然ではない。
(ヴァイバー・クリガン=リード『サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃』 水谷淳、鍛原多惠子 訳 p216)
長時間労働と「腰痛」の関係とは?
「二〇一五年に医学誌ランセットに掲載された論文によれば、現在、世界中で起きる障害の最大の原因は腰痛」だといいますが、「腰痛」に悩まされる羽目になるのは、労働時間が増えると共に、身体を動かす機会が減ってしまうからだといいます。
長距離を歩くことや様々な部位を使って身体を動かすことが仕事と関係しているのであれば、腰痛を抱えるリスクはかなり回避されるのかもしれませんが、本書の「第6章 腰が痛い!」においては、イギリスのヴィクトリア朝時代にはすでに腰痛の問題があったということが話題にされています。
イギリスで産業革命が起きた頃の、身体が歪むほどの劣悪な労働環境についてくだりを読むと、今の時代を生きることに感謝したくもなりますが、問題はやはり、19世紀の立ちっぱなしの工場労働であれ、現代のオフィス内のデスクワークであれ、何時間も同じ姿勢で作業を続けることなのだと思われます。
一九六〇年代から七〇年代、機械自動化の明るい未来に踏み出したオフィスワーカーの身体を、座ってばかりの仕事がむしばみはじめて、いまでも私たちに悪影響を与えつづけている。その一部は間違いなく骨盤前傾と下部脊椎の前彎が原因だが、真犯人は座りつづけていることである。座ること自体ではない。座り方でもない(長時間座りつづけるのに適した正しい姿勢などというものはない)。じっと座りつづけていることこそが、身体全体の健康にもっとも大きな影響を及ぼしているのだ。
(ヴァイバー・クリガン=リード『サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃』 水谷淳、鍛原多惠子 訳 p202~203)
もちろん、現代社会の都市生活においては、オフィスで座りながら仕事をする代わりに、夜は運動不足を解消するためにジムで汗を流すというライフスタイルを定着させている方も多くいらっしゃると思いますが、狩猟採集時代は、仕事と運動は分かれておらず、狩猟採集民にとっては環境に適応して生き抜くために身体を存分に動かすこと(仕事)や遊ぶことが、運動であったと考えられます。
歴史をふり返れば、ある社会が運動を奨励する度合いは、その社会で暮らす労働者のあいだにある不平等の度合いに通じる。運動の誕生と存在は、労働の生態系で何かがうまくいっていないことを示す文化的なバロメーターだといえる。労働の質が根本的に変わってしまったため、健康を取り戻すには特別な遊びか運動をしなくてはならないのだ。狩猟採集民にとって、労働と遊びは実質的に切り離すことができないものであり、運動は遠い未来の夢だった。
(ヴァイバー・クリガン=リード『サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃』 水谷淳、鍛原多惠子 訳 p111)
人新世の運動不足の問題を解決するには?
では長時間労働による運動不足の問題を解決するのにはどうすれば良いのでしょうか? その答えについての詳細は次回の記事に譲りたいと思いますが、解決の鍵は、ほんの少しの時間ヨガや筋トレをしただけで運動したつもりになるのではなく、具体的にはこまめに動くようにすること、歩くこと(ウォーキング)、そして仕事の仕方を見直すことにあるようです。
ウォーキングはつねに魔法の特効薬である。何百年も昔に草原で暮らしていた人たちとのつながりを感じ、人間であることのあらゆる側面に効く。脊柱の前湾の負担を減らし、椎間板の健全性を促す。椎間板が分厚くて健全であればあるほど椎間関節は保護されるので、これは重要である。そして何よりも重要な点として、座っていては歩くことはできない。誰でもわかるとおり、長時間じっとしているのはどんな人にとってもよくないことなのだ。
(ヴァイバー・クリガン=リード『サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃』 水谷淳、鍛原多惠子 訳 p215)
解決策は、ヨガや立ち机、アレクサンダー式療法やストレッチではない。本当に必要なのは、仕事のしかたを徹底的に見直して、生きるために必要な方法に合わせることだ。
(ヴァイバー・クリガン=リード『サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃』 水谷淳、鍛原多惠子 訳 p303)
以上ここまで、『サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃』(ヴァイバー・クリガン=リード 著 水谷淳、鍛原多惠子 訳 飛鳥新社)という本を書評・感想も兼ねながらご紹介してきましたが、本書はAI(人工知能)などのテクノロジーの進歩ばかりがもてはやされる中で、現代文明の急速な環境の変化に私たちの身体が追いついていない、もしくは適応できていないという事実を浮き彫りにした好著だといえます。