【悟り】は本当に必要なのか?ー『なぜ今、仏教なのか』3

ブッダ/仏教

現代に【悟り】は本当に必要なのか?ー『なぜ今、仏教なのか』3

瞑想によって悟ることは本当に必要なのでしょうか?

今回は、前回や前々回に引き続き、『なぜ今、仏教なのか 瞑想・マインドフルネス・悟りの科学』(ロバート・ライト 著 熊谷 淳子 訳 早川書房)を取り上げていきたいと思います。

ちなみにこの記事の内容は、ストレス軽減のためにマインドフルネス瞑想を始めてみるのも良いですし、そこから、「悟り」を目指すかどうかは別として、様々な刺激を与えてくる情報社会に生きる<わたし>の「心」への処方箋として、仏教の考え方を学んでみても面白い、ということについて述べています。

 

なぜ今、仏教なのか 瞑想・マインドフルネス・悟りの科学』は、前々回の記事でも述べましたが、進化論における「自然選択」の問題と仏教の関係について主眼を置いている一冊だといえます。

著者のロバート・ライト氏が、「自然選択」による妄想のレベルの要約として、

「1.感覚は、「自然な」環境であっても現実を正確に描写するように設計されていない。」

「2.私たちが「自然な」環境に暮らしていないせいで、感覚は現実への案内役としてさらに信頼できないものになっている。」

「3.すべての根底にあるのは幸せの妄想だ。」

の三つを挙げています。

 

要するに、自分自身の脳が描き出す現実というのは、必ずしも正確ではなく、そもそも脳は現実をあるがままに描写するようには設計されていない、ということがポイントなのです。

本書の冒頭では映画『マトリックス』の話題が出てくるのですが、もしかしたら現実とはある種の幻ではないのか、といった問いもそこから生じてくるわけです。

 

仏教における「縁起」とは?

仏教における「縁起」とは?

そこで「空」や「縁起」といった仏教の考え方が出てくるのですが、ものごとはそれぞれが関係し合っていることで成立しているため、実は「どんなものも本来的な存在をそなえては」おらず、「あらゆるものは本来的な独立した存在性を欠いている」のです。

 

 仏教哲学者が空の教義のために持ちだす論理を見ると、「縁起」と呼ばれる仏教の思想と大いに関係があるのがわかる。ものごとはほかのものから独立して存在しているように見えるが、実際はほかのものの存在や性質に依存している。これが縁起だ。木々は日光や水を必要とし、日光や水などほかのものとかかわることで変化しつづけている。小川や湖や海は雨を必要とし、雨は小川や湖や海を必要とする。人は空気を必要とし、空気は人が息を吸ったり吐いたりしなければそのような組成になっていない。

いいかえると、どんなものも本来的な存在をそなえてはいないということだ。どんなものも現行の存在の材料をすべて内部に持ってはいない。どんなものもそれ自体では完結しない。それが空の概念につながる。あらゆるものは本来的な独立した存在性を欠いている。

(『なぜ今、仏教なのか 瞑想・マインドフルネス・悟りの科学』 ロバート・ライト 著 熊谷 淳子 訳 早川書房 p246~247)

 

著者によれば、このような仏教の「縁起」は英語では「相互依存的な共起」と表現されることが多いといいますが、仏教思想にあまり馴染みがなく、よく分からないという場合は、「縁起」をとりあえず、ひとつの現象は、それ自体では成立しておらず、ほかの様々なものが関係し合ったり、影響し合ったりしていることで成立していると、とりあえず捉えてみるといいかもしれません。

そしてこのことは実は「自己」というものについても共通した側面があるのです。

 

自分自身は、自分ひとりで成立しているように感じられることが多いですが、実は、他人であれ、自然であれ、生物であれ、自分以外の存在と関係し合うことで成り立っているのです。

目の前に広がる世界は、私の外にあるようで、実はわたし自身の一部かもしれません。また私のものと思っているものは、実はわたしのものではないかもしれないのです。

果たして「わたし」とは何なのか、という問いと仏教は無関係ではなく、自他の境界というものやいわゆる「心脳問題」について深い関心がある方は、仏教における「無我」の考え方を探求してみるのも面白いかもしれません。

 

 無我について考えてみよう。私たちが「自己」と呼ぶものはたえず環境と因果的な相互作用をし、まんべんなく外界からの影響を受けている。すでに見たとおり、ブッダは無我の説法のなかで、私たちが自己の一部だと考えるさまざまなものが、実際には私たちの支配下にないと説いた。そうしたものがーー少なくとも解放をはたさないうちはーー私たちの支配下にない理由は、それが外部の力の支配下にある、つまり、条件づけられたものだからだ。

(『なぜ今、仏教なのか 瞑想・マインドフルネス・悟りの科学』 ロバート・ライト 著 熊谷 淳子 訳 早川書房 p269)

 

またブッダは、私たちが自己の一部だと考えるものの無常性を説いた。思考、感情、態度が無常であり、たえず生滅し変化するのもやはり、変化しつづける力が私たちに作用し、私たちの内面に連鎖反応を引き起こした結果だ。私たちの内面は原因や条件にもとづいている。そして条件が変化すれば条件づけられたものはすべて変化をまぬかれない。しかも条件はほとんどつねに変化している。

(『なぜ今、仏教なのか 瞑想・マインドフルネス・悟りの科学』 ロバート・ライト 著 熊谷 淳子 訳 早川書房 p270)

 

情報社会への処方箋としてのマインドフルネス瞑想

情報社会への処方箋としてのマインドフルネス瞑想

しかし、仏教における「悟り」を目指すのではなく、どういう感覚に対して「快」を感じるのか、もしくは「不快」を感じるのか、自分の性質を観察するために、マインドフルネス瞑想(もしくはヴィパッサナー瞑想)を継続してみることは、特に様々な情報や刺激が溢れている現代社会に対しては、有効な処方箋になるように思うのです。

たとえば自分以外の誰かが発信している情報に対して、「良い/悪い」「好き/嫌い」とすぐに判断し、「いいね!」と共感したり、自分が置かれている状況によっては、特定の情報に対して、心のどこかで嫌悪感や憎しみを抱いたりすることは、よくあることだと思います。

 

そして、このあたりの心の性質への対処法として、なぜ今、仏教が必要になってくるのか、その理由が隠されていると私自身考えるのです。

 

「自己」なるものが存在するかどうかにこだわる必要はない。無我の教養の役に立つ部分、具体的には、私たちのどの感覚もーータバコを吸いたい衝動も、スマートフォンを検索したい衝動も、人を憎みたい衝動もーー本質的に私たちの一部ではないという考えだけを利用すればいい。こうした感覚をあるがままに、モジュールが力をあたえようとしていることをそのまま観察する。感覚をこのようにマインドフルに観察すればするほど、感覚の力は弱くなり、だんだん「自分」の一部ではなくなっていく。

(『なぜ今、仏教なのか 瞑想・マインドフルネス・悟りの科学』 ロバート・ライト 著 熊谷 淳子 訳 早川書房 p174)

 

 瞑想上達の道の大部分は、作用をおよぼしてくる原因に気づき、ものごとが自分をあやつる方法に気づくことであり、さらに、感覚がタンハーを生じさせる場所、快の感覚に対する渇望と不快の感覚に対する忌避を生じさせる場所に、連鎖のかなめとなる鎖があると気づくことだといっていいだろう。マインドフルネス瞑想が深く介入できるのはこの場所だ。

おそらく前の段落の「気づく」ということばには注釈をつけたほうがいいだろう。ここで私が言っているのは、このような因果の連鎖を観念的に理解する純粋に学問的な気づきのことではない。十分に修養を積んだうえでの経験にもとづいた理解、マインドフルな気づきのことであり、それは連鎖を断ち切るか、少なくともゆるめるだけの力をもたらしてくれる。

(『なぜ今、仏教なのか 瞑想・マインドフルネス・悟りの科学』 ロバート・ライト 著 熊谷 淳子 訳 早川書房 p270)

 

 とはいえ、経験にもとづいた理解を補強し、ときに協働するのは、仏教哲学の一部をなす観念的な理解だ。マインドフルネス瞑想の真の上達は、放っておくと勝手に知覚や思考や行動を方向づける感覚の力学への気づきをより深めること、そして、もとはといえばそのような感覚を引き起こす周囲のものごとへの気づきをより深めることを必然的に意味するといっていい。仏教の悟りには西洋科学における啓蒙と共通する部分があるといえる。どんな原因がどんな結果をもたらすかという気づきをより深める必要がある点だ。

(『なぜ今、仏教なのか 瞑想・マインドフルネス・悟りの科学』 ロバート・ライト 著 熊谷 淳子 訳 早川書房 p270)

 

なぜいま仏教の考え方が必要になってくるのか。

なぜいま仏教の考え方が必要になってくるのか。

たとえば、特定の入力に対して気づかないうちに「ストレス」を増幅させてしまう前に、立ち止まって感覚を観察することで、何らかの衝動に駆られている自分に対して距離をとることができるというのが、マインドフルネス瞑想を実践することのメリットかもしれません。

また、マインドフルネス瞑想を実践し続ければ、買ったばかりのお気に入りの洋服を汚してしまったなど、自分にとっては大きな問題であったとしても、広い視点で眺めたり、長い目で見たりすれば、たいした問題ではないことについて、思考を連鎖させてしまうことを、食い止めることができるようにもなります。

そしてそのことは、ある意味でエネルギーの節約であり、余計なことに脳のエネルギーを費やすのを避けることにもつながっていきます。

 

しかし仏教という枠組みでのマインドフルネス瞑想やヴィパッサナー瞑想には、「悟り」へと近づき、「洞察と自由の人生」を選ぶという側面もあるため、単にストレスを軽減したりマネジメントしたりするためのツールには収まり切らない部分があることも事実です。

 

「悟り」とは「どこでもないところからの眺め」

「悟り」とは「どこでもないところからの眺め」

ちなみに「悟り」とは何を意味するのかを説明するのは難しいですし、様々な考え方があると思いますが、本書では「悟り」については、とりあえず「どこでもないところからの眺め」であると説明されています。

 

 「どこでもないところからの眺め」は、悟りがどのようなものかを説明するもっとも簡潔な表現かもしれない。自分本位のバイアスがまったくない眺め、ある意味で人間の観点でもほかのどんな生物種の観点でもない眺めといえる。これはまちがいなく自然選択の権威に逆らう眺めだ。自然選択にとって重要なのは数多くの異なる観点を生みだすことであり、どの観点も本来その事実に気づくようにはできていない。ましてその不条理には気づきようがない。仏教の悟りはこのような観点をすべて超越することだ。

(『なぜ今、仏教なのか 瞑想・マインドフルネス・悟りの科学』 ロバート・ライト 著 熊谷 淳子 訳 早川書房 p289)

 

 どこでもないところからの眺め、かたよりのない眺めを、無関心な眺めと混同してはならない。どこでもないところからの眺めには、人類全体の幸福に対する配慮(そして、仏教の教えやすなおな道徳論理に忠実であろうとするなら、生きとし生けるものすべての幸福に対する配慮)がともないうるし、私はそうあるべきだと思う。肝心なのは、その配慮が均等に分配されることだけだ。だれの幸福もほかのだれかの幸福より重要ということはない。

(『なぜ今、仏教なのか 瞑想・マインドフルネス・悟りの科学』 ロバート・ライト 著 熊谷 淳子 訳 早川書房 p289~290)

 

上記の引用文を読んでも、仏教のいう「悟り」をどのように捉えて良いか分からないという場合は、人間であれ、動物であれ、植物であれ、鉱物であれ、ありとあらゆものに優劣や良し悪しはなく、等しく存在していると考えてみると良いかもしれません。

たとえば犬と猫のどっちが優れているか、という問題は人間の観点にしかなく、さらにどっちが好きか嫌いかということになると、人それぞれ違ってきます。要するに好きか嫌いか、優れているか劣っているか、ということはその人自身の判断にすぎないわけです。

もちろん普通に生活するうえでは、物事に対して「好き/嫌い」「良い/悪い」といったような判断を下してしまうのは致し方ないわけですが、そのような観点から脱け出していき、すべての生命を同じように慈しむというのが仏教の考え方なのです。

 

「悟り」を目指さなくても、仏教に触れてみるきっかけにしてみる。

「悟り」を目指さなくても、仏教に触れてみるきっかけにしてみる。

以上ここまで、3回にわたり、『なぜ今、仏教なのか 瞑想・マインドフルネス・悟りの科学』(ロバート・ライト 著 熊谷 淳子 訳 早川書房)を取り上げてきました。

ちなみに本書『なぜ今、仏教なのか』の巻末で「解説」をしている仏教研究者の魚川祐司氏は、「本書の優れた特徴の一つ」として、「悟り」に関する一般の先入見と、瞑想が開く世界の実状とのギャップを埋める記述を、見事に成功させていることだろう」と述べています。また、

 

 まとめると本書は、(一)現代人の一人として仏教でない人々とも感覚を共有する著者が自ら瞑想を実践し、(二)仏教の説く「真理」を科学的な知見を裏づけとしつつ語り直して、(三)さらにその実践と哲学を、究極的に単なる「いやしの道具」としてではなく、むしろ「精神的」な探求の道として、私たちに提示しようとする著作である。

(『なぜ今、仏教なのか 瞑想・マインドフルネス・悟りの科学』 ロバート・ライト 著 熊谷 淳子 訳 早川書房 p342)

 

と本書の内容を簡潔にまとめています。

魚川祐司氏がこのように述べる通り、「現代人の一人として仏教でない人々とも感覚を共有する」という意味で、本書は仏教に対してバランスのとれた見方をしている一冊であるため、本書を読むことで、たくさんの刺激に囲まれている情報社会の処方箋として、マインドフルネス瞑想を始めてみて、小さな気づきに喜びを見出せるようになるのも良いですし、そのあとに、「悟り」を目指さなくても、ブッダの言葉や仏教思想に深く触れてみるきっかけにしてみるのも良いと思われます。

 

 瞑想にそれほど長い時間をかけなくても、ストレス軽減が思った以上に奥深いものになりうることがわかってくる。瞑想を終えたとき前より少しリラックスしているというだけではない。不安なり恐れなり憎しみなりを非常にマインドフルに観察し、少しのあいだそれが自分の一部ではないかのように眺めるということだ。

こうした経験がいかに深遠かーー少なくともいかに段階的に深遠さを増していくかーーに注目してほしい。不器用なクレジットカード男にろくでなしの本性をあまり見ないことは、ほんのわずかな空の経験といえる。また、不安や恐れを自分の一部ではないと見なすことは、ほんの少しの無我の経験といえる。空と無我という二つの概念は、仏教哲学においてもっとも不可解でもっともばかげて聞こえるもっとも根本的な二つの概念だ。あなたはストレス軽減のために毎日瞑想をしながら、この両方を少なくともいくらか会得していることになる。

(『なぜ今、仏教なのか 瞑想・マインドフルネス・悟りの科学』 ロバート・ライト 著 熊谷 淳子 訳 早川書房 p306)

 

これを簡単なことのように言うつもりはない。段階的な悟りと段階的な解放は相互に助けあうことで勢いを増す可能性があるとはいえ、自動的にそれが継続するというものではない。邪魔もはいるし、なかなか思いどおりにはいかないし、瞑想は苦痛なこともある。ただ、うれしいことに、あきらめずにがんばれば、不安や悲しみを避けずにそれをマインドフルに観察すれば、つまらなくても毎朝すわってそれをマインドフルに観察すればその苦痛は上達につながる。妙な話だが、つまらなさや退屈さは不安や悲しみよりマインドフルに観察するのがむずかしいことがある。

(『なぜ今、仏教なのか 瞑想・マインドフルネス・悟りの科学』 ロバート・ライト 著 熊谷 淳子 訳 早川書房 p307)

 

 

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